第8話
4月4日土曜日。現実世界。
今日は週末で学校は休みだ。どこかに出掛けたり友達と遊んだりする予定も特にないため自室で1人考え事をしていた。
ベットに仰向けになりながら、昨日異世界でネルが言っていたことを思い出す。
【
重魂者は傷が立ちどころに癒えてしまう上に能力が使える。そのおかげで僕は
しかし、逆に言えばそれを悪用して好き放題暴れることもできるし、
聞いたところによると、先の
異世界には魔物が存在するが、更に凶暴な魔物が存在する魔界があるらしい。地獄門はその魔界と異世界を繋げるための
また、【冥界への宴】は重魂者や魔物の研究を行っているらしく、奴らに拘束された重魂者は傷が癒えるのをいいことに、人の所業とは思えない拷問を受けているとの噂だ。
重魂者同士の闘いでは相手が降参するか、相手を気絶または拘束するまで決着は付かないのだが、能力によっては拘束しても意味を成さない。
ネルが倒した相手も拘束して話をしている隙に逃げられたしまったとのことだった。
「……重魂者って何なんだろうな」
ここで考えていても何もならないので、気分転換に大悟郎の散歩に出ることにした。
いつもの散歩コースである公園に行くと花見のために人がたくさん来ていた。広場の方はレジャーシートを広げて宴会をしている人達でごった返していたので、比較的人の少ない遊具のある方を散歩する。
「こんにちわ。先日はありがとうございました」
しばらく公園内を歩いていると不意に声を掛けられた。
白く透き通った肌に整った顔立ち。
全体的に青みがかった髪で、長い前髪はヘアピンでサイドに寄せ、後ろ髪は腰まで伸ばしている。
彼女は始業式の日に出会った……、
「ハンカチヒロインさん!」
「ハンカチ……何です?」
「あ、なんでもないです。ははは」
つい口に出てしまった。危ない危ない。
大悟郎はハンカチヒロインさんの前でお座りすると、お前には頭を撫でることを許可すると言わんばかりに頭を差し出す。
そのままヨシヨシと頭を撫でられる大悟郎、その顔はとてもご満悦に伺える。
僕が撫でてもそんなに気持ちよさそうな顔したことないよね。
ちょっとジェラシー。
「今日はお花見ですか?」
せっかくなので世間話を振ってみることに。
「はい。近所にこんなに桜が咲いている公園があるのに、まだちゃんと見れていなかったので」
「そうですね」
「今は散歩中ですか?」
「はい、そうです」
「……」
「……」
ああああああああああああああ。
僕のバカあああ。
ギャルゲー主人公に憧れている癖にいざというときに話ができなくてどうするんだよおおおお。
普段同じ人としか話をしない弊害が出てしまっている。
同じ女子でも
美少女と話をするのって大変なんだな。
「では、私はこれで」
話が続かないため、ハンカチヒロインさんは立ち去さろうと背中を向けて歩き出そうとする。
しかし、その袖を引っ張り止まらせることに成功した。もちろん、僕ではなく大悟郎がだ。
「ん?どうしたの?」
大悟郎がハンカチヒロインさんにじゃれつきながらも、しきりに僕の方を見ている。
これはもしやチャンスなのでは?
勇気を出してハンカチヒロインさんを誘ってみることに。
「もし良かったら一緒に散歩しましぇんか?。ああああ、嫌なら別にいいんです」
緊張する中、話ながら手をブンブン振っているとリードが手から落ちてしまった。
勝手に歩き出す大悟郎を逃がすまいと、そのリードをハンカチヒロインさんが掴むと、
「いいですよ。……行きましょうか」
え?
そういうと、ハンカチヒロインさんと大悟郎は先に歩みを始めた。
大悟郎がドヤ顔でこちらを振り返る。
大悟郎様!
今度高級ドックフードを献上致します。
公園内を歩いている間は大悟郎の話題で盛り上がった。他のことを話しても先ほどのように会話が切れてしまいそうだったからだ。
改めて大悟郎様には感謝しかありません。
そんな中、屋台が並んでいるエリアに差し掛かった。花見に来た人達で店は賑わっている。
と言ってもまだ春先なので、金魚すくいやかき氷屋など夏祭りで見かける店はなく、焼きそば屋にたこ焼き屋、クレープ屋といったオーソドックスな食べ物屋が数軒並んでいるのみであった。
せっかくなのでクレープを食べようっという流れになった。
大悟郎を連れたまま並ぶのは他の人に迷惑かもしれないので、ハンカチヒロインさんには近くのベンチで大悟郎と一緒に待機してもらうことに。
2人分のクレープを買い、ハンカチヒロインさんの元へ。
なんかこれってデートっぽくない?
でも、今思えばハンカチヒロインさんのこと何も知らないな。
そんなことを考えながらベンチに向かうと、ハンカチヒロインさんの周りに人が集まっていた。
ガラの悪そうな男3人組にナンパされているに見える。よく見ると始業式の日に駅前で
ちなみに、大悟郎はその内の1人にお腹を撫でられていた。人懐っこい方だとはいえこの状況でそこまで許すか。
番犬としては役に立たない大悟郎であった。
「お待たせ」
そう言いながら近づくと、困った顔をしていたハンカチヒロインさんはベンチから立ち上がり僕に駆け寄って来る。
か、可愛い。
おっと、ナンパ野郎達の前で表情を緩めるわけにはいかないな。
クールになれ。
「行こうか」
ハンカチヒロインさんにクレープを渡し、この場を去ろうとする。
後は、チッ男連れかよ。っと捨てセリフを吐かれて終わるのが王道だが……、
「おい、ちょっと待てよ」
どうやら世の中は思ってたより面倒らしい。
男の1人に声を掛けられるが、面倒なので無視して歩みを続ける。
しかし、声を掛けてきた男は周り込んできて僕の顔を覗き込んできた。
「お前どっかで会ったことないか?」
何そのナンパセリフ、言う相手間違ってるだろう。
間違っても男にキュンとはしないんだからね。
「……人違いでは?」
拓斗と紫のことは覚えていたとしても、僕のことは知らないだろう。
男が少し考えるようなしぐさをしていると、後ろから近づいてきた仲間の1人が、
「ってかそいつ、この前お前を投げ飛ばしてた女と一緒にいたやつじゃん?」
バレてたか……。
「あぁ、いたわこんなやつ」
目の前の男も思い出したようで手をポンと叩く。
もう、紫のバカああああ。
男たちに公園の人気のないところへ案内された僕たち。
僕だけなら逃げれたかもしれないが、ハンカチヒロインさんを見捨てるわけにもいかず、案内されるがままここに来てしまった。
この辺りには桜が植えられておらず、草木もあまり手入れが行き届いていないため、近所に住む僕でも滅多に来ない場所であった。
誰か助けに来てくれないかな。
大悟郎は退屈なのか、ここ掘れワンワンし出してるし……。
途方に暮れながらクレープを食べ始める。
お、うまいなこれ。甘さを抑えられたクリームがいい味出してる。
「この前はお前のダチに世話になったことだし、わかってるよな?」
いや、そんな物言いでわかるわけないだろう。
甘い物でも食べさせれば穏便に解決しないかな。
「はい、どうぞ」
「お、悪いな」
食べかけのクレープを男に向けると、男はあ~んして口にクレープを含む。
「うまいなこれ。もう一口くれ」
「はいよ」
再度、男にあ~んさせる。男は満足したようでこのクレープの良いと思う点を語り始めた。
僕はうんうんと頷きながらクレープの残りを食べる。
「ふぅ。食べ終えたし僕はもう行くよ。じゃね」
「おう、またな」
男と手を振り合い、この場を離れようとする。
「って、ちげーよ。待てよコラ」
我に返った男に呼び止められてしまった。
くそ、そんな甘い話はなかったか……、クレープだけに。
「お前、俺のこと甘く見てんじゃねーだろうな?クレープだけに」
……なんだろう。僕、こいつのこと嫌いじゃないかも。
そんなことを思っていると、
「
突然ハンカチヒロインさんが叫んだので振り返ると、仲間の1人が殴り掛かってきていた。
拳が顔に当たるすんでのところでかわし距離を取る。
「なぁ、こいつもうフクロで良くね?」
そういうと、3人が僕を囲むように近づいてくる。
それにしても、ガラの悪い連中に囲まれているというのに、どこか落ち着いている自分がいることに気づく。
普段拓斗たちと一緒にいることで、自分も強いと勘違いしちゃっているのか。
それとも、
後ろに回り込んだ男が背中から抑えようとタックルを決めにくる。
僕はそれを横にステップして交わすと、次に左右から殴り掛かってきた拳もそれぞれ交わし距離を取った。
男たちは驚愕した顔でこちらを見る。
昨日のネルの動きと比べたらまるでスローモーションなんだよね。
3人はその後も連携して僕に攻撃をしかけてくる。
正面からの拳、服を掴もうと伸ばしてくる腕、足払いで払ってくる脚、後ろから羽交い絞めを狙って近づいてくる動きなどをなんなく交わし、男たちの間の隙間をすり抜け距離を取るのを繰り返す。
避けるのは問題ないのだが、人を殴るのってやっぱり抵抗あるよね。
なんとか諦めてもらえないだろうか。
攻撃を避けながら動き回っていると、不意に男の1人が躓き全員を巻き込む形で転倒した。どうやら先ほど大悟郎が掘っていた穴に足を取られたらしい。
「まだ続けるの?」
男達を余裕の表情で見下す。ブラフだけどね。
だが、先ほどの大立ち回りを見て勘違いしてくれたのか、
「こいつもバケモンかよ。冗談じゃない」
男達はそう言い残し逃げ去って行った。1人尻もちをついたまま取り残された男を残して。
残った男は先ほどクレープを食べ合った男だった。
尻もちをついたまま僕の顔を見上げている。
僕は男に手を伸ばし、男を立たせたが、何を言えばいいのかわからず、気まずい空気がしばらく流れる。
「それじゃ、僕はこれで」
そう言って、ハンカチヒロインさんとこの場を離れたのだった。
人が多い場所まで戻ると安心したのか、ハンカチヒロインさんがふぅと息を吐いた。
「びっくりした。荻沢君ってあんなに強かったんだね。アニメの戦闘シーンかと思っちゃった」
「自分でも驚いてる。喧嘩ってしたことなくて……。それより、アニメ見たりするの?」
「良く見るよ。後、萌え絵を描くのが趣味なんだ」
大悟郎をネタにしなくても話できそうじゃん。
話し方もフランクになってきてるし。
「そういえば、名前と連絡先を教えてもらってもいいですか?」
「え?」
趣味が近いことを知った途端、距離を近く感じたのか、つい聞いてしまった。
「私は――」
「お、タツじゃん」
ハンカチヒロインさんが何か言おうとしたが、偶然居合わせた拓斗に声を掛けられる。
隣には紫もいた。
僕が大変な目に遭っている間に、元凶の2人はデートしていやがったな。
「ごめんなさい」
そんなことを思っていると、突然顔を隠すように俯いたハンカチヒロインさんは速足で去って行ってしまった。
僕はショックでその場にへたり込む。
趣味が近いからってがっつき過ぎたかな。連絡先まで聞くにはまだ早過ぎただろうか。
あれ?でも僕のことは苗字で呼んでいたような?名前いつ教えたっけ?
「悪い、お邪魔だったか?クレープでも食べて元気出せよ」
拓斗が差し出してきたクレープをあ~んして口に含む。
お、チョコ味も悪くないな。
そんな様子をスマホで撮影しながら紫が一言。
「ほんと、拓斗と
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