第2話
4月2日。今日から高校2年生になる。
っと言っても何かが変わる訳でもなく、むしろ変わらなかったことに落胆を覚えている。
現実に戻されるとはまさにこのことか。
などとくだらないことを考えながら通学路を歩いていく。
顔の前で右手の開閉を繰り返す。
何度見てもその右腕には手甲は装着されておらず、学生服の袖が通されているのみ。
あれは全て夢だったのだろうか?
遺跡での戦闘も、乗馬したことも、村についてからの仲間との親睦も……。
夢であって欲しくはなかったが、またこうして通学路を歩けていることに安堵としている自分もいることに気付く。
男なら1度はRPGのような世界に憧れを抱くものだろうが、なんだかんだ言って今の生活が気に入っているということなのだろう。
でも、魔法は使ってみたかったな。
なんて溜息を交えていると、
「よっタツ。おはよう。どうした浮かない顔して?」
通学中に声を掛けてきたのは、親友の
振り返ると
僕も合わせて、去年からよく一緒に行動するようになった4人組だ。
拓斗は相変わらず爽やかな笑顔だし、紫もいつも通りほんわかとどこか遠くを見ているし、舞夕はいい加減やめろというのに通学鞄を肩に掛けながら周りに睨みを利かせている。
正直カオスだ。ここだけ空気が異様に違う気がする。
「タツは春休み何か面白いことあった?」
「……美少女を攻略してた」
拓斗が唐突に休み明けの鉄板ネタを振ってきたので、一瞬夢の話をしようかと思ったがやめた。
夢のことだと口にしたら、本当にただの夢だったと認めてしまいそうな気がしたからだ。
ちなみに、美少女攻略とは彼女ができたとかナンパしてたといったことではなくギャルゲーの話になる。
「え?聞いてないんだけど?」
「アアァ?」
真面目系格闘家の拓斗には、どうやらネタだと通じてもらえなかったようだ。
そして、舞夕さんはいきなり半ギレにならないでもらえますか。ビビるんですけど。
春休み中は引きこもってばかりで皆とあまり遊びに行かなかったから怒ってるのかな?
「ゲームの話だよ」
あぁいつものねっというツッコミが皆のジト目から伝わってきたがそこはスルー。
威圧されるのには弱いが、
「タクはどうだったんだ?」
そういうお前はどうなのかと、拓斗に話題を振り返す。
「実は俺も美少女攻略してたんだ」
ふふふと待ってましたとばかりにドヤ顔で返された。
そんな拓斗の顔に少し思うところはあるが、僕もさっきこんな顔をしていたのだろうか?
なるほど、確かにこんな顔されたら舞夕がキレたのにも頷ける。
それにしても、拓斗もギャルゲーデビューしたか。
爽やか系スポーツマンのくせに。このムッツリめ。
今度おすすめを貸してやろう。
そんなことを考えていると、先ほどまで大人しかった紫が拓斗の真横に移動したかと思うと、赤面しながら拓斗の腕に自分の腕を絡め出した。
いわゆる腕組みというやつだ。
「こ、こういうことですので」
「俺たち付き合いだしたんだ」
今日は始業式のみなので午前で学校も終了である。
部活に所属していると思われる者は、教室で持参した弁当を食べ始めたり部活道具を持って部室棟の方に向かったりし出した。
僕は当然帰宅部なので、鞄を持ってさっさと帰ることにする。
しかし、
「おいおい、スルーするなよタツ、帰りにマック寄っていこうぜ?」
当然のように同じクラスになった拓斗から誘いを受けた。
「すみません、急いでいるので」
このリア充が。僕に内緒で彼女作りやがって、この裏切り者が。
っというギャルゲーの親友ポジション的なセリフを言いかけたがグッと堪え、駅前でアンケートを催促してくるお姉さんをまくかの如く、その場から逃げようとしたのだが、
「ほんと悪かったって。奢るからさ」
拓斗に腕を掴まれながら謝られたので、しょうがないなと眉間を指でカリカリしながら渋々了承した。
我ながらツンデレみたいな態度を取ってしまったなと思う。
紫さん、なぜあなたは息を荒くしてスマホをこちらに向けてるのかな?
駅前のマックにやって来た僕らは交差点を一望できる2階のボックス席を陣取った。
僕の隣に拓斗、正面に紫と舞夕が座る形だ。
いあいあ、拓斗さん。なんであなた彼女の隣じゃなくて僕の隣に来てるの。
紫が先に座っていたから隣を開ける形で正面に座ったのに。
彼女の隣に座ってあげるものじゃないの?
何が悲しくて彼女持ちの男とポテト突き合ってるんだよ僕。
普段ほんわかしている紫が今まで見せたこともない顔で睨んできてるし。
視線が突き刺さって怖い。
何?僕今日、女性に睨まれる日なの?
「俺らの担任。菜々ちゃんだったな。やったぜ」
学年が変われば、クラスも変わる。クラスが変わるということは担任も変わる訳で、今日のホームルームで判明した担任の話題になった。
菜々ちゃんとは僕らの通う高校の女教師の名前で、若くて可愛くて全生徒から好かれている。
ちなみに僕も好きだ。告白されたら付き合ってもいい。
「そういや、タツは部活入らねーの?」
「今更部活に出ても、新入生と同じ扱いを受けて雑用するだけになると思うんだ。それに、さっさと帰って美少女を攻略してた方が有意義だね」
「相変わらずこじらせてるな。でも、タツなら今からでも充分レギュラー狙えるんじゃね?俺にはわかる。実は結構鍛えてるだろ?」
そういうと、僕の二の腕をもみもみしながら筋肉を確認し出す拓斗。ほらやっぱりっと満面の笑顔で言ってくれるのは嬉しいのだけれど、1人反応してる方がいるから離してくれませんかね?
「私も思ってたわ。運動部に所属している人達と比較しても龍明っていい体格してんだよね。まぁ拓斗ほどではないけど」
元空手部である拓斗は当然として、舞夕にもそう思われていたのは意外だった。
「今のご時世、オタクも筋トレしてるんだよ。ゲームの主人公が運動神経良かったり喧嘩強かったりすることが多いから、鍛えてないと自分と主人公とのミスマッチ感が否めなくて、うまく主人公に感情移入できないんだ」
「そういうもんかね?」
セットのドリンクをストローで飲みながら興味なさそうな態度の拓斗。筋肉の話をしているときと差がありすぎじゃない?
これだから武道家は。
「それにしても、舞夕って
「は、はぁ?違うし?龍明ってゲームばかりやってるからモヤシなイメージだったんだけれど、よく見たらあれ?モヤシじゃなくない?って気づいてしまっただけというか……」
「ほら。やっぱり『よく見てる』じゃない?」
「ぬわああああああ」
机に頭を何度も頭を打ち続ける舞夕。普段クールぶってるくせに珍しく紫にやり込まれている。
このまま暴れられて店や他の客に迷惑が掛かるのも嫌なので、しょうがないから助けてやるか。
「もしかして、ストーカー?」
「ぶっ飛ばすよ!!!」
次の瞬間、対角に座っていたにも関わらず、目にも止まらぬ速さで伸ばされた舞夕の右腕に胸ぐらを掴まれた。
流石ボクシングジムの娘。
そして、目の前には舞夕の形相が、
「何か言い残すことは?」
このプレッシャー。ここで選択肢を誤ってはいけない。
ギャルゲー主人公ならここで何と言って切り抜ける?
「か、顔が近い……ぞ?」
ど、どうだ……?
恥ずかしさのあまり、赤面して手を放しくれるのが王道だと思うのだが……。
恐怖のあまり閉じていた両目のうち、片目を開けて様子を伺う。ふむ。
怒りのあまり、赤面してグーの手が放たれてきてるのが見えた。
どうやら好感度が足りなかったらしい。
こうして、僕が犠牲になることで店の平和は保たれたのだった。
談笑後、店を出た僕らは駅へと向かうことに。
今日は周辺の学校も始業式で午前しかなかったのだろう、駅前はいつもより学生が溜まって混雑している状態だった。
単に雑談している者、待ち合わせしている者、いろいろいるだろうが単に利用したい人にとっては迷惑極まりないな。
そんな中、正面からガラの悪そうな3人組が並走して歩いてきた。
駅前の道幅は広いとはいえ人が多かったこともあり避け切れず、その内の1人と拓斗の肩がぶつかる。
悪いなと拓斗が謝ったのにも関わらずぶつかった男が拓斗に絡んできた。
「いってーな、おい。これは慰謝料請求ですわ」
急な大声で静まり返った周りの視線が集まる。
拓斗は一見ひ弱そうに見えるので、学校の外では素行の悪い連中に絡まれることが多々ある。
今回の場合だと、本当にひ弱な者だったら道を譲るところなのだろうが、実際はそうではないのでこのようにトラブルを巻き起こすことになる。
なにその主人公感。
ぶつかってきた男の態度に対して、拓斗はえ?何?っと状況がわかっていない様子だ。
主人公感?訂正。これはただの天然ですね。
そんな拓斗の顔が癪に障ったのか、男が拓斗の胸ぐらを掴み殴りかかってきた。
しかし、拓斗は持ち前の反射神経を活かし首の動きだけでなんなく回避する。
それを見た舞夕が今日一番の笑顔で、お、ヤるか?と今にも殴りかかりそうだったため制止した。
お前が出ると相手の血を見ることになる。
ここは彼女に任せよう。
「もう止めにしませんか。謝りましたし」
男が振りかざした拳をなんなく掴み説得する拓斗。
正直、向こうが先に手を出してきたのだからやり返してもいいと思うんだ。相変わらず拓斗は優しすぎる。
しかし、相手からしたら屈辱であり味方からもダサいと野次が飛ばされているため引くに引けない状況なのだろう。
頭に血が上った男は距離を取ってナイフを取り出すと、絶叫と共に拓斗に突進し出した。
先ほどまで棒立ちだった拓斗もさすがに構えを取って迎える。
が、拓斗まであと1歩っというところで男は宙に舞った。
へ?っとまぬけな声と共に男は地面に叩きつけられる。
何が起きたのかわからないと言った表情で男が上半身だけ起こすと、拓斗との間に紫が立ちふさがっていた。
「お前がやったのか、ふざけやがって」
そう言いながら起き上がろうとする男に手を差し出す紫。
当然、男は手を取ることなく払おうしたのだが紫にはそれだけで充分。
男は再度宙に舞い地面に叩きつけられると、その衝撃で気を失った。
あまりにも鮮やかな手並みに周りの人たちから拍手喝采が沸き起こる。
それからすぐ、騒ぎを駆けつけた警官から逃げるように男達は去っていった。
人が大勢いる中醜態を晒したのだ。これに懲りてもう騒ぎは起こしてほしくないものである。
紫は普段ぼーっとしていることが多く、一見だたの天然娘のようだが実は僕たちの中で1番強く、1番仲間思いの強い子でもある。
ちなみに、舞夕が紫に挑んだことがあるそうだが瞬殺されたそうだ。
舞夕は良くも悪くも正面からの闘いしか知らないから、合気道を使う紫とは相性が悪いっていうのもあるかもしれない……。
少しの間、群衆に囲まれていた紫だが話しかけてきた人たちをあしらい僕たちの元に駆け寄ってくる。
「紫、ちょっとやりすぎじゃないか?」
相手から絡んできたとはいえ、紫に2度も投げ飛ばされたのだ。
しかも、2度目は気絶させるほど強力にだ。少し同情してしまう。
すると、紫は笑顔でこう答えたのだった。
「だって、許せなかったんだもん。拓斗に触れていい男は荻沢君だけなんだから」
それから皆とは解散し、家に着く頃には空があかね色に染まりだしていた。
玄関前で尻尾を振りながら寄ってきたのは愛犬の大悟郎だ。
この柴犬のつぶらな瞳が癒されるんだよなぁ。
部屋に戻って通学鞄を置いてから大悟郎の散歩に出る。
近所の公園を通るのがいつもの散歩コースだ。
「今日の風は穏やかだな」
春風というものだろうか、風に乗って公園に咲く桜の花びらが幻想的に舞っている。
大悟郎がその舞っている花びらを咥えようと頑張るが、何度挑戦しても失敗に終わる。
取れないおっと言いたげに首を傾げながらこちらを見上げる姿は、やはり癒し。
そんな時、一陣の強い風が吹いた。
桜の花びらも一段と多く舞う。
今だおっと言いたげに大悟郎が渾身の咥え行動を取る。
すると、大悟郎の口には白いハンカチが咥えられていた。
先ほどの風で飛んで来たのだろう。
どやぁっと言いたげな大悟郎の頭を撫でて褒める。
これ、花びらを咥えるより難しいのではないだろうか?実は天才か?
そんな飼い主バカなことを考えていると、
「すみません。それ私のハンカチです」
このハンカチの持ち主と思われる人が近寄ってきた。
「こちらこそすみません。うちの犬が咥えてしまったので汚れてしまいました……が……」
大悟郎からハンカチを取り上げ、ハンカチを渡そうと持ち主と目が合ったそのとき、あまりの美少女だったために掴んでいたハンカチを手放してしまった。
地面に落ちる前にすかさず大悟郎が再度咥えてみせる。
褒めて褒めてと言いたげな顔だが、今の僕にそんな余裕はない。
年は同じくらいだろうか?
白く透き通った肌に整った顔立ち。
全体的に青みがかった髪で、長い前髪はヘアピンでサイドに寄せ、後ろ髪は腰まで伸ばしてあった。
正に清純派ヒロインという言葉は彼女のためにあるのではないかと思わせるほどだ。
「あの、どうしました?」
僕が見惚れていると、ハンカチヒロイン(名称仮)さんが不思議そうに顔を覗き込んできた。
「すみません。ハンカチですよね。どうぞ」
そっけない態度で言いながらハンカチを返す。
くそおおおお。
今こそギャルゲー主人公のようなセリフが言えたらいいのに、何も思いつかないいいいい。
「はい、ありがとうございます。この子、名前は何っていうんですか」
「大悟郎っていいます」
「大悟郎……大ちゃんか。可愛い〜。君もありがとうね」
そう言い、ハンカチを受け取った彼女はしゃがんで大悟郎の頭を撫で始めた。
大悟郎に向けたものだってことはわかるのだが、その笑顔がマジ可愛い過ぎる。
「あの、この辺りにコンビニってありますか?私引っ越してきたばかりでまだこの辺り知らなくて」
なるほど。通りで見たことない子だと思った。
こんな美少女一度みたら忘れないだろうからね。
「コンビニなら公園横の交差点にありますよ」
「ありがとうございます。では、これで」
コンビニの場所を教えると彼女はこの場を去っていった。
僕はその背中を見えなくなるまで、目で追ってしまっていた。
それからしばらく散歩を続行してから帰路についていたときのこと。
家の近くまで来ると、何かいつもと違うことに違和感を覚えた。
辺りを見渡すと、今まで空き家だった隣の家に明かりが付いていることに気づく。
誰かが引っ越してきたのだろう。
そういえば、さきほどのハンカチヒロインさんが引っ越してきたばかりって言ってたっけ。
「まさかね」
この時期は引っ越して来る人も多いから、きっと別の人だろう。
そうそうギャルゲーのような展開は起きないだろうと考えを一蹴した僕は家に入って行くのだった。
「そういえばっと…」
夕食後、自室のベットの上でスマホを眺める。
今朝から気になっていたことを調べるためだ。
気になっていたこととは骸骨戦士の倒し方なのだが、やはり骸骨戦士なんて名前的にもビジュアル的にも初期に出てきそうなモンスターであり、再生するような設定はなさそうだった。
「弱点は炎、光属性か……。なんで夢のことで熱心に調べてんだろう」
わかったところでどうということもなく、夢のことをいつまでも引きずっているのがアホらしく感じた。
検索に使っていたブラウザを閉じてギャルゲーのアイコンをタップする。
やはり僕には異世界冒険なんかより美少女と戯れていた方が性に合っているようだ。
それからゲームを続けていたのだが、珍しく日付が変わる前に襲ってきた眠気に逆らえず寝ることにした。
「兄さん、いつまで寝ているつもりですか。起きてください」
聞きなれない、少し苛立っているような声に起こされ意識が覚醒する。
あれ?目覚ましアプリのキャラ変えたっけ?
そんなことを思いながら目を開けると、金髪蒼眼の美少女。
異世界の妹がそこにいた。
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