家と大道芸人と生ハム(ジャン)
ポピヨン村田
家
「ああ尊き者、ああ麗しき者、ああ愛されし者––––汝はジャン!」
自分はいつの頃からここにいるのだろう。
ジャンは自問した。
今日も奇抜なメイクと奇天烈な格好をした男が演説を繰り広げる。
「汝こそがジャン! 崇高なる血を飲むに値する者! さぁ、欲するのだ! 汝にはその資格がある!!」
大道芸人はそう言って、大口を開けて生ハムを食した。
モゴモゴと、よく味わって生ハムを食したあと、大道芸人は血の一滴まで味わい尽くすように舌を舐める。
「これで神の国に一歩近づいた!」
ジャンは最早溜め息もつけない。
イカれた大道芸人の奇行に慣れてしまうほどに、ジャンはこの薄暗い、窓がないから日も差さない家での暮らしが長くなってしまった。
ジャンは、自慢をするつもりはないが自身の育ちに自信があった。
幼い頃に海を渡ってやってきたこの緑豊かな地で、綿密に栄養の計算された食事と暖かい家、やわらかい寝床を与えられた。
誰もがジャンの血統を褒め称えた。『神の血』とさえ呼ぶ者もいたくらいだ。
「汝はジャン! ……ああ、ジャンであるという、選ばれた栄誉……感涙に咽ばざるを得ない!!」
それが、このジャンの狂信者たる大道芸人にさらわれて以来、この有様である。
この家には照明がない。
ここは太陽に近い国で、こんな家でも多少は内部が見渡せるくらいに明るくなるから、顔を色という色で塗りつぶした男が大道芸人なのだと言うことだけは辛うじてわかる。
けれどもジャンの首は縄で繋がれていて、ささやかな移動しかできない。
だからこの家の間取りもきちんと把握できないし、何より大道芸人は、四六時中ジャンの目の前にいる。
「ジャン、ジャンよ。麗しの君。特別な人。もうすぐ、もうすぐ神の国に誘われる」
この家はひどく蒸し暑い。空気はいつだってじっとりとしていて、この暗い家をより不快なものに仕立て上げる。
ジャンは、この家から逃げ出したかった。
頭のおかしい大道芸人に、いつ変な気を起こされるかわかったものではない。
何より、この大道芸人は、一度も食物を与えてはくれなかった。
ジャンは地獄の最中で、生死を彷徨っていた。
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