神域の宝呪は人類最悪しか使えない~アドルフとヒトラーの奇妙な冒険~

影山ろここ

第一章 二人のアドルフ

第1話

 きょう最初のお客さんは初対面の戦士で、見たところ連れはなく、一人で宝呪を売りに来たとおぼしき彼は、薄汚れた革袋に詰めた品物をテーブルの上に載せる。


「パーティーの仲間が熱出しちまったんだよ」


 そのひと言でぼくこと、アドルフ・シュタイナーは、戦士が何を要求しているか理解する。


「値段は決まっているので変えられません」


 宝石には鑑定師が要るけど、宝呪はお館様の作った一覧表で価格を決める。特別な能力がなくてもできる簡単な仕事だ。

 それにお屋敷に来てからもうじき一年が経つ。低ランクの宝呪なら金額は覚えており、何も見ずに買い取り価格を伝えた。


「もうちょいはずんでくれよ。そんなんじゃ次の旅に出られねぇ」


 ごねはじめた戦士の前には、


【火焔魔法★】

【治癒魔法☆】


 という二種類の宝呪がある。それぞれが黒属性と白属性の宝呪で、主に攻撃用と防御用。

 宝呪は遺跡の〈発掘〉で見つかる。お客さんである冒険者はそれで金を稼ぎ装備を整え、さらに大きな依頼を実行する。より高い宝呪を求め、深層のダンジョンに潜っていく者もいる。生活がかかっているため彼らも必死だ。


「提示価格がご不満ならべつの業者にお売りください」


 ぼくはその決め台詞をテーブルの一部になったつもりで答えた。なぜならぼくたち使用人はこのお屋敷の家具だからだ。特にぼくは使用人の最底辺に位置する、下僕だ。


「チクショウ、ケチ臭え野郎だぜ」


 結局こちらの言い値で戦士は引き下がってくれたが、かわりに行列が混雑してきた。隣を見ると先輩のエジルさん(彼はぼくより格上の従者だ)は僧侶を相手に交渉の真っ最中だった。


「アドルフ君、列の整理をお願いしてもいいか?」


 後ろに立ち、お金の管理をしているロベルタさんがぼくに呼びかける。すらっとした長身で顔つきもクールな彼女はお屋敷の女執事だ。下僕や従者をまとめ上げる上司といえば、わかりやすいんじゃないかな。

 ぼくはすかさず列のほうに移動し、きちんと並んで貰えないと他の商店の迷惑になることを伝えた。


「二列になってお並びださい。前の方との間隔もつめて」


 ひと通り列の整理を終えて戻ると、次のお客さんが椅子に座り、ロベルタさんと雑談していた。


「すみません、戻りました」

「ありがとう。お客様、お待たせして申し訳ありませんでした」

「構わねぇよ。そのぶん高く買い取ってくれよな」


 相手がぼくにかわると、対面に座る巨体の男がにやりと笑った。彼の前には宝呪がひとつ置かれている。


【魔力強化★★★】


 宝呪は硬貨のような薄いプレートで、腕に巻いた端末に差し込んで使う。色は黒属性の場合が銀、白属性の場合が黒。どちらも星の色が浮き出す構造になっており、暗い場所で見ればわかるがほのかな光を放っている。

 それはぼくたち人間のなかに眠る魔力を糧に力を発揮する。いま差し出された【魔力強化】は、所有者の魔力を増大させてくれるので、とても人気のある宝呪だ。


「オイ坊主、2ギルダ以下じゃ売らねぇからな」


 巨体の男はこれまた戦士で、背中に大剣を担いでいる。その風貌には見覚えがあり、ロベルタさんと会話をしていたことから察するに常連のお客さんのようだ。

 むろん、顔見知りだからと言ってぼくたちの査定が変わることは基本的にない。


「星3つだと、よほどレアな能力じゃない限り、1ギルダが相場です。それでも金貨1枚。十分でしょ?」


 ぼくは下僕のくせにわりと強気な態度に出る。宝呪探しを生業とする冒険者はおおおそ半分近くが柄の悪い厄介者で、及び腰でいると気迫で負けてしまうからだ。それに最悪揉め事になってもぼくの後ろにはお屋敷最強を誇るロベルタさんがいる。喧嘩で彼女に勝った冒険者をぼくは見たことがない。


「仕方ねぇ、1ギルダ半だ。宝呪の価格が上がってるみたいだし、安値で買い叩かれるのはゴメンだぜ」


 巨体の常連さんは相場の動きを口にするが、だとすれば提示価格が高すぎることはわかっているはずだ。引き下がれない理由があるのか。ぼくが子どもだからナメているのか。あるいはその両方なのか。


 これ以上、駆け引きが続くと、トラブルを避けるためにロベルタさんが口を挟んでくるだろう。そんな展開になることは是非とも避けたかったので、


「1ギルダで売る気がないなら、帰ってください」


 と言い放ち、不毛なやり取りを終わらせようとする。しかし、それが大失敗だった。


「クソ生意気なガキめ。宝呪は持ってるのか? 星はいくつだ?」


 常連さんはぼくの腕を掴み、上着の袖をめくると、手首に巻いた端末を凝視する。


「クハハ。こいつ星無しじゃねぇか!」


 端末に表示される【家事 星無し】――つまり星はゼロ。この世界に、そんな人間は他にいないらしい。


 人類歳弱。それがぼくという存在の全てだ。


「坊主、オレたち人間社会は実力主義なんだ。ゼロが星3つに口答えしてみろ、ぶん殴られても文句言えねぇぞ、星無し」


 げらげらと響く笑い声。ぼくは屈辱のあまり俯いたまま顔をあげられない。

 怒鳴り声で言い返してやりたかったけど、お屋敷に迷惑をかければ、たちまちクビになる。ぼくはただ我慢することしかできない。どんなに羞恥心を噛みしめようとも。


 結局、その常連さんの接客は、ロベルタさんが対応して事なきを得た。

 ぼくは力が抜けそうなほど体が重くなったまま、次のお客さんの相手を何とか続ける。


「ちょっくら一服するわ」


 ぼくのほうをちらりと見て、従者のエジルさんが席を外した。後ろを振り返るとロベルタさんの姿がなかった。彼女がいないと、エジルさんは平気で怠けだし、タバコ休憩に出かけるのはしょちゅうだ。


「頼むぞ、アドルフ」


 そんな無責任なことを言われても。慌てて見ると、むこうの列のお客さんが不機嫌そうな顔で押し黙っている。相当お怒りの様子だ。やむをえず二つの列を同時にこなす。


「早くしてくれよ、坊主」

「すみません」

「きょうはとびきりの宝呪を持ってきたんだ。子どもじゃ話にならねぇ」

「一応、査定させてください」


 不機嫌そうだったお客さんを黙らせると、さっきの厄介者より背丈のあって横幅も大きい男が目の前に座った。雲を突く大男とはこういう人を言うのだろう。

 迫力に負けてしまいそうだったが、ここぞとばかりに顔を叩き、気合いを入れた。


「こいつだよ」


 不敵に笑った大男が革袋からプレートを取り出す。それを見てぼくは彼の自信が本物だと悟った。


 ★6つ。能力は【魔導武装】だ。この宝呪がいかにレアかと言うと、お屋敷に住むお嬢様の宝呪、


【竜使い★★★★★】


 よりも★が一個上。ぼくの得た拙い知識によれば、全ての冒険者を合わせても星6つの宝呪を持つ者は100人もいないらしい。


「売ってしまっていいんですか?」


 真っ先に口をついたのはその言葉だ。冒険者たちが喉から手が出るほど欲しがる★6つの宝呪を売り払うなんて勿体ない。


「おれの能力枠は4つしかねぇし、拡張手術する金もねぇ。とっとと売っぱらって冒険者は引退だ」


 大男はあっさり言い放って革袋をしまったが、ぼくは彼の端末を注意深く観察した。手首の腹にあたる部分に4つのダイヤが淡い光を放っており、大男が星4つの宝呪まで実装可能な枠の持ち主であることを如実に物語っていた。


 この世界の住人は高いランクの宝呪を求めるが、それが使用できることはまれだ。ぼくたちは生まれ持った枠に合う宝呪を身につけ、枠を超えている場合は枠を増やす拡張手術を施すか、実装を諦めてお金に換えるしかない。


 ちなみにぼくは能力枠もゼロだった。最初から星無しの宝呪しか身につけられない無能の証だ。考えるとさっきの屈辱が甦るので、頭を仕事モードに切り替える。


「★6つだと領都に大きな家が三つも建てられるという話を聞きましたよ、すごいなぁ」

「20年も命懸けで戦い続けたおれの武勇伝を聞きたいか?」

「最後に倒した魔獣は何ですか?」

「★6つを守護していた死霊騎士がいた。最強クラスで危うく殺されるところだったぜ」


 ぼくと大男の会話は人々の好奇心を刺激するものだったらしく、順番を待つ隣の冒険者も興味深そうに目を丸くしている。


 ちなみに★5つ以上の宝呪は時価なので、店の主であるお館様に買値を伺うことが多い。すでに端末越しに通信を送っていたが、その返事が来る。


『すぐ行く。粗相のないよう客を引き止めておけ』


 端末のパネルに表示された短いメッセージに目を通し、指示どおりに対応する。


「お待たせして申し訳ありません。主人がいますぐ参ります。しばらくお待ちください」

「金をケチる気なら売らねぇからな」


 お館様の反応を見る限り、それはない。むしろ高ランクの宝呪を買い取れて大喜びだろう。


 と、そのとき。ぼくは大男が取り出したブレートがもう一枚あることに気づいた。★6の下に隠れていたそれは、黒曜色の地味な光を慎ましく放っていた。


【呪術解除 星無し】


 俄然、視線が吸い込まれる。ぼくのようなゼロでも使える宝呪。【呪術解除】は初めて目にした。

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