第9話ー② 俺らしく
――翌日。
暁は資料に表記されていた住所を頼りに、『ゼンシンノウリョクシャ』の子供がいる家に向かっていた。
「たしか、このあたり――あ、あった!」
暁はその家の表札を見て、目的地だと確認すると、一呼吸を置いてからインターホンを押した。
『はい』
「昨日ご連絡致しました、夜明学園のものですが」
『お待ちしておりました。少々お待ち下さい』
インターホンが切れ、しばらくすると中からエプロン姿の女性(きっと『ゼンシンノウリョクシャ』の子供の母親だろう)が出てきた。
「お待たせ致しました。さあ、中へどうぞ」
「失礼します」
それから暁は座敷の客間へと通され、正座で座る。
「ちょうどさっき学校が終わって帰って来ているので」
そう言って能力者の母親は客間を出て行った。
普段から正座をする習慣がない暁は、話が長引かないことを祈りながらその母親が能力者の子を連れて来るのを待つ。
「はなちゃん、お客様が来たわよ」
「帰ってもらってよ! 私はいかないっ!! 絶対、絶対夜明学園になんて行かないんだからっ!!」
ふすまの隙間から、母親と『はなちゃん』と呼ばれたツインテールのぱっつん前髪の少女とのやりとりをそっと見つめる暁。
「そう言わないで……ほら、話だけでも聞いてみましょう?」
「嫌ったら、嫌!」
そう言って「ふんっ」と顔をそらすはな。
ここで待っていても、話はできなさそうだ――と思った暁は、母親とはなの元へと向かった。
「あの、大丈夫ですか」
暁はそう言って母親とはなへ交互に視線を向ける。
はなは暁を仏頂面で睨み、何も答えることはなかった。
「ああ、お待たせしてすみません。普段はこんなに聞き分けがない子じゃないんですけれど」
申し訳なさそうな顔でそう言うはなの母。
「お気になさらないでください。自分は大丈夫ですから」
手を振りながら暁はそう答える。
まあ、夜明学園のことを良く思っていない子供がいても、おかしくはないか――
国や研究所からのバックアップがあっても、能力者とそうではない子供たちを同じ学校に通わせるということに抵抗感がある人々の存在があることは耳にしていた暁。
そしてそれは大人だけではなく、子供たちの間でもそう感じることはあるようで、学園への理解がある親に入学を勧められても拒否する子供もいるんだとか。
「えっと、はな――さん。少しだけいいかな?」
「少しも嫌よ! 早く帰って!!」
「あははは……」
はなのその物凄い剣幕に、困った顔をする暁。
「私は能力者なんかじゃない! 普通の人間なんだから!! だから行く理由もないし、そもそも行きたくないの!!」
「でも、この間の検査で言われたじゃない。はなちゃんはカ――」
「言わないでっ! あんな気持ち悪いものなんて……私は嫌だっ!!」
そう言ってはなは家を飛び出した。
「はなちゃん!!」
「あ、自分が追いかけます!」
そう言って暁ははなの後を追う。
一軒家が多く建ち並ぶ閑静な住宅街の通りをはなは全力疾走し、そんなはなの後ろを暁は追う。
追いつけなくはないと思いつつも、はなが自分の意思で止まるまでは手を出さないでいようと一定の距離を保ったまま暁ははなの背中を見つめた。
「もう、しつこいなあ!」
はなは後ろをちらりと暁の方を振り返って、そんな不満をたれる。
こんなところをご近所さんに見られて、警察に通報されたらどうしようか、と少々困りつつも暁ははなの背中を追った。
それから閑静な住宅地を抜け、川沿いの一本道に出るはなと暁。
障害物がなくなったことで、川辺に吹く若干涼しい風が走って火照った身体を冷やした。
「おーい、待てって! いったいどこまで行くんだよ」
「う、うっさい! ついてくんな!!」
「ちょっとだけ、話をさせてくれればいいからさ!!」
「いーやーだ!」
「はあ、困ったなあ」
それからしばらく追いかけっこが続き、先に限界を迎えたはなは川の堤防で倒れ込んだ。
「や、やっと……止まった……はあ」
暁は肩で息をしながら、倒れ込んだはなの隣に腰を下ろす。
最近は書類仕事ばかりで身体を動かさなかったから、体力が落ちたのかなと少々悲しく思う暁。
「し、つこいんだよ、おじさん!」
「お、おじさん!? まあ、小学生からしたら、そう思われてもおかしくはないか……なあ。休憩がてら、話を聞いてくれないか」
「聞かない!」
そう言って暁から顔をそらすはな。
「はあ。でも、俺は勝手に話すからな」
「ふんっ」
きっと今くらいしか、チャンスはなさそうだからな。ちゃんと聞いてくれるかはわからないけれど、話してみるか――
「はなさん――はなの能力が他の能力者たちとは少し違うことは、検査場でも説明されたよな?」
「……」
暁の問いに、顔をそらしたまま何も答えないはな。
まあ、このまま続けよう――
「具体的にどう違うかを説明すると、はなはもう一つの魂を身体に宿したってことになる。そしてその力は強大で、一つ間違えば、取り返しがつかないものになる力だ」
「だから、私はそんな力なんて――!」
暁の方を見たはなは、眉間に皺を寄せ、反論するようにそう言った。
「まあ、最後まで聞いてくれ」
それからまたついっと顔をそらすはな。
「その力を持つ人間を『ゼンシンノウリョクシャ』って言ってな。力を制御できないと、はなはその魂に身体を奪われ――ヒトじゃなくなるんだ」
「え……」
「そうならないために、夜明学園では力の制御の仕方を教えている。はなの他にも、『ゼンシンノウリョクシャ』の生徒たちはいるからな」
それからはなはゆっくりと暁に視線を向ける。
「そんな、私……なんで、私なの。ねえなんで! 私、何も悪いことをしてないのに! どうして、そんな!!」
悲しみの色に染まるはなの瞳。
そんなはなの瞳を見て、暁はかつて自分が『ゼンシンノウリョクシャ』だった時のことを思い出した。
能力が分かった時や暴走によって能力は無くならないと言われた時の絶望感。
能力のおかげで生徒たちを救えた時の安心感。
そして能力との別れで経験した喪失感。
『
その魂から、俺はいろんなことを教わった。けれどその魂もまた、宿り主から何かを得ようとしている――
「――魅入られたんだろうな、その魂に。はなの中にある何かを求め、その魂ははなに宿った。俺もそうだったから、今のはなの気持ちは何となくわかるよ」
すぐに受け入れるのが難しいものだってことはさ、と暁は微笑む。
「おじさんも、そうだったんだ」
「ああ。今はもう『ゼンシンノウリョクシャ』じゃないけど、数年前までは俺の中にもな」
暁はそう言って自分の胸をトントンと叩く。
「そうなんだ……」
「さっきも言ったけれど、『ゼンシンノウリョクシャ』は力の制御がうまくいかないと、ヒトじゃなくなる。そうなってしまった人を俺は知っている。だから、そうならないために――はなも夜明学園に来て欲しいと俺は思ってるよ」
ふと家にいる三毛猫の姿を思い浮かべながら、きっとこれはあいつの望みでもあるからな――と思う暁。
それから暁は、何かを考えているはなの姿をただじっと見つめ、その返答を待った。
「――話はわかった。でも、簡単には決められない。私の能力は気持ち悪いし、周りが嫌がるかもしれないでしょう」
「そんなことはないぞ! だって――」
はなは暁の言葉を遮るように、
「授業見学がしたい」
そう言った。
「え? 授業見学?」
思いもよらないはなの言葉にきょとんとする暁。
「そう。それで決める。どうかな」
とはなは暁の顔をまっすぐに見つめた。
「――わかった。もしそれで嫌だと思ったら、無理強いはしないよ」
そう言って微笑む暁。
「うん!」
「じゃあ、今日はもう帰るよ。あんまりしつこくして、嫌われてもいやだからな!」
「そもそも好いてないから、大丈夫だよ」
と笑いながら立ち上がるはな。
「え!? そんなに嫌がられるようなことをした覚えはないんだが?」
腕を組み、暁は考えを巡らせる。
俺たちは今日、熱い話をして打ち解け合っただけだと思ったけど――と。
「うーん」
「いやいや。あんなにしつこく追い回しといて、覚えがないって言うのはさすがに都合のいい頭しすぎじゃないの?」
はなの言葉に「確かに!」とはっとする暁。
「でも、それだけ私のことを思ってくれたってことは伝わったよ」
「あはは。それはよかった」
それからはなはスカートの汚れをはらうと、
「連絡、待ってるから」
そう言って来た方向へ走っていった。
はなが見えなくなると、暁は「ふう」と息を漏らし、ゆっくりと空を見上げる。
まだ陽が落ちるには早い時間だったが、ほんの少しオレンジがかってきている空が広がっていた。
そしてその空が「お疲れ様」と労ってくれているように感じる暁。
「とりあえず、第一関門突破ってことかな。ああ、久々に走って疲れたよ……ってこんなことをしている場合じゃないな。帰って次の講義の日付を確認しないとだ――!」
それから暁は、久々の達成感に嬉しそうな顔をして、夜明学園へ戻ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます