第9話ー③ 俺らしく

 ――数日後。暁ははなを夜明学園に招いた。


「学校のあとなのに、ありがとうな!」


 門まではなを迎えに来ていた暁は、車から降りたはなに笑顔でそう言う。


「ううん。私が見学したいって言ったから」


 それから車を運転していたはなの母親は、家事をしてからまた迎えに来ますと暁に告げ、帰っていった。


 自分の子供を預けて行ってくれるのは、信用してもらっている証拠なんだろうな、と暁はその思いに反しないようにしなくてはと気合いを入れる。


「そういえば、今日は制服なんだな」


 青いワンピースタイプの制服を見て、暁はふとそう尋ねた。


「セクハラ!? キモっ!!」

「え!? そんなつもりは――」


 コミュニケーションのつもりだったのに、いきなりあらぬ方向へ気合いを。これは、まずい――と変な汗をかく暁。


「まあそれは冗談として、さっさと案内してくれない?」

「あ、ああ」


 なんだ、冗談か――とほっと胸を撫で下ろした暁は、はなと共に校舎へ向かって歩きだしたのだった。




 ――校舎内、廊下。


「へえ、ちゃんとした学校なんだねえ」


 はなはきょろきょろと辺りを見回しながら、廊下を進む。


「はは、ありがとうな! ――あ、そうだ! 今日の講義をしてくれる先生も元は『ゼンシンノウリョクシャ』だったんだよ。女の先生だから、たぶんはなも話しやすいと思うぞ」


 暁は隣を歩くはなに笑顔でそう言った。


「おじさん――三谷先生の他にも、その『ゼンシンノウリョクシャ』だって人っていたんだね」

「ああ、そうだな! きっと楽しめると思うから、期待しててくれ」

「まあ、少しくらいはね」


 それから暁たちが講義が行われる教室に到着し、その教室に入ると、そこには席に着く生徒たちと教壇に立つベージュを基調としたスーツスタイルの女性――糸原優香の姿があった。


「三谷学園長、お待ちしておりましたよ」


 暁の姿を見た優香はそう言って微笑んだ。


「え!? 学園長!?? そうなの!!?」


 そう言って暁の方を見て、目を丸くするはな。


「そうだぞ! 俺が創った学園だからな!!」


 ニッと笑いながら、暁ははなに微笑んだ。


「は、初めにいってよ!」


 はなは頬を膨らませてプンプンと怒っていた。


 話しにくいとか近寄りがたいと思われないように配慮をしたつもりだったため、はなの反応が予想外で少々驚く暁。


 次からはちゃんと学園長であることを公言しよう――と軽く誓いを立てて、暁は優香に視線を向けた。


「まあ、それはそれとして――優香、昨日話した授業見学の生徒だ。よろしくな」

「ええ、もちろんです。それでは着席してください」

「あ、はい!」


 そしてはなと暁が着席すると、講義は再開された。


 数分後――。


「――とまあ、小難しいお話はこの辺にして。これからはお楽しみ、交流タイムですよ」


 前半の座学を終えると、優香は楽しそうにそう言った。


「交流タイム?」


 首を傾げるはなに、


「おう! 俺たち能力者にとって、ストレスは毒だからな! まあただの雑談会みたいなものだよ。入学期や年齢が違う生徒たちの大切な交流の時間だ」


 暁は満面の笑みで答えた。


「へえ」

「それに。今日は外部生がいるから、きっとみんなも楽しめるだろうしな!」

「外部生……私!?」

「おう!」


 そんな会話をしていると、はなたちの周りには生徒たちが集まっていた。


「どこから来たの!?」「その制服、可愛いね!!」「名前は!!?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 それからはなは一つずつの質問に答えていった。


 どこの学校に所属しているのか。家はどこなのか。なぜここへ来たのか。


 はなは聞かれたすべてを真面目に答えていく。


 しかし、


「はなちゃんは何になれるの?」


 その問いを掛けられたとき、はなは俯いた。


「はなちゃん?」

「言いたくない」


 俯いたままそう返すはな。


 はながなぜ頑なに自分の能力を言いたがらないのか、と暁はずっと不思議に思っていた。


 身体が別の生き物に変容する『ゼンシンノウリョクシャ』という能力。それは確かに一つ間違えれば、大惨事になりかねない力だ――。


 でも、隠しておかなければならないほどのものでもない、と暁は首を捻る。


「なんでなんで? はなちゃんだって、何かになれるからここにいるんでしょう?」

「違う。私はあんな……あんなものなんかじゃ、ない――私は普通の人間よ! あんなの私じゃないっ!!」


 能力者であることが嫌なのではなく、きっとその生物に変容した自分が嫌だったんだな――と察する暁。


「はなも嫌がっているみたいだし、これ以上この話題はやめておこう」


 暁が質問した女子生徒にそう言うと、


「はい……」


 と女子生徒は悲しそうな顔をした。


「いいえ、学園長。ここで引きさがっては、この講義の意味がなくなります!」


 優香はいつの間にか暁の隣に立ち、腰に手をあててそう言っていた。


「え、でも。無理強いはよくない――」

「学園長の講義であれば、そうすればいいです。しかし。今日は私が講義を行っています。すなわち、どうするかの決定権は私にあります、そうですよね?」


 優香は暁に顔を近づけてそう言った。


 そんな優香に気圧けおされ、それが決まっていたかのように暁は首肯する。


「ああ、わかった。任せるよ」


 暁がそう答えると、優香は満足そうにニヤリと笑った。


 時々、優香も強引なところがあるよな。まあ、そういうところが優香の良いところでもあるわけだが――


 今は優香に任せるか、と小さく笑って、暁ははなの方へ視線を移した優香を見つめた。


「それでは、聞きますよ。あなたは何の能力をお持ちですか?」


 優香ははなの前に立ち、真剣な表情でそう問いかける。


 しかし、はなは俯いたまま何も答えなかった。


「三谷学園長は甘々なので、黙っていれば諦めてくれるでしょうが……私は諦めませんよ? それに『ゼンシンノウリョクシャ』であるのなら、自分の力を好きでいることは絶対条件です! その魂とわかり合って、ようやく力の制御の第一段階と言えます」


 俺も優香も、かつては自分の力が嫌いだった。だからこそ、優香のその言葉に、俺は共感できるのかもしれない。俺が甘々だという事を除いて――


 暁はそう思いながら、黙ったままのはなをじっと見つめている優香を見て頷く。


「なぜ言いたくないのか、私にはわかりませんが……いいでしょう。それでは私の話をしましょうか」


 優香はそう言ってから、ゆっくりとはなの隣に座った。そしてはなの横顔をまっすぐに見据える。


「――私が宿していた力、それは『蜘蛛』です」

「『蜘蛛』……?」


 はなははっとした声で呟きながら、ゆっくりと顔を上げた。


「ええ。気持ち悪いと思いました? そうでしょうね。私もそう思いましたよ。それに、私はその力で多くの人を傷つけました。そして自分自身も」


 母親を殺めてしまったことと、繰り返し能力を使ったことで身体が蜘蛛化していったことを言っているんだろうな――


 そんなことを思いながら、暁は優香を見つめる。



「私は自分の力が大嫌いでした。なぜ自分だけが、とそう思った時もあります。でも――その蜘蛛は私のことをずっと見守っていてくれたんです。私をむしばんでいたのではなく、いつも私の身を案じてくれていたんですよ」


「そう、なの?」



 はなは目を丸くして、優香の顔を覗いた。


「ええ、そうですよ。そして最後には私の未来を信じると言って、身体から離れていきました。その時に私は、彼女から未来を託されたんです」


 優香はその時のことを思い出すかのように目を閉じる。そして、ゆっくりと目を開け、


「――だからその力は自分にとっての悪ではなく、成長するために必要な存在なんです。『ゼンシンノウリョクシャ』に選ばれるというのは、不運なことではなく、成長するチャンスをもらえる幸運なんだって私は思いますよ」


 そう言ってはなの顔を見ながら微笑んだ。


「成長する、チャンス……」

「ええ、そうです」


 と優香は頷く。


 そんな優香を見たはなは、視線を下に向け、少し考えたのちに、


「わかり、ました。私もちゃんと自分の能力と向き合いたいです。わかり合って、私も成長したい!」


 優香の顔をまっすぐに見てそう言った。


「できますよ、きっとね」


 そう言ってはなにウインクをする優香。


 それからはなは意を決したように頷き、


「私の能力は――『カマキリ』です」


 と告げたのだった。

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