第7話ー① 僕(『織姫と彦星』狂司視点)
プロジェクト発表会の日が近づいていた時の事です。僕は今日もいつものように施設の食堂で織姫さんと当日の段取りを確認していました。
「まずはプロジェクトの目的、それと今後の展開を紹介していくということでしたね」と織姫さん。
「ええ。この大役はプロジェクトの発端者である織姫さんにしかできないことなので、宜しくお願いしますよ」
僕がいつものように作り笑顔でそう言うと、
「任せてください! いつも狂司さんにばかりかっこつけさせませんから!」
織姫さんはニコニコと微笑みながらそう言いました。
かっこつけって……そんなつもりはないのですが。
しかし織姫さんも楽しそうですから、今回のところは聞き流してあげましょう。僕はそういうところを弁えることのできる大人ですからね。
「次は――」
それから僕たちは数時間に及び、プロジェクト発表会の段取りの確認を進めました。そして気が付けば、時計の針は0時を超えていたのでした。
「もうこんな時間だったのですね。あまり夜更かしをするというのも、よろしくないかと思うので、今日はこの辺でお開きにしましょう」
織姫さんは椅子から立ち上がりながらそう言います。
「はい、そうしましょう」
それから僕は持って来ていたノートパソコンなどを片付け、織姫さんと一緒に食堂を出ました。
深夜に歩く廊下は、僕と織姫さんの2人の足音だけが響いていました。
元々施設で生活している人間が少ないこともあって、0時を過ぎると廊下は静かなものでした。
真面目な生徒が多いこともあって、みんな日付が変わる前には就寝しているのでしょう。
おそらく、ストレスをため込まないように――と言う意味もありそうですが。
そんな建物内は非常灯くらいしかついておらず、廊下はホラー映画に出て来るような学校のようでした。
幽霊や妖怪に怯えるほどのお子様ではないですが、このシチュエーションでその類が出てきたら、さすがの僕でも少しは驚くかもしれません。
そういえば。僕が施設に来たばかりの頃、幽霊や妖怪が出た! みたいな噂があったようななかったような……まあ、そんな昔話はいいでしょう。
こんなことを思って暗い廊下を歩く僕の隣には、明るく楽しそうに話す織姫さんがいるわけなんですが。
「そういえば、聞いてくださいよ! 今日、実来がですね――」
こんな感じで、自室に戻るまでの廊下を歩きながら織姫さんは今日あった出来事をいつも僕に話します。
まあその話の大半が、如月さんに関することか暁先生関連だけれど。
それでも織姫さんは、いつも楽しそうにそんな話を僕に延々と続けていました。
時折、「そうですか」と笑顔で返さないと、「聞いていますか?」と織姫さんは怒り出すので、相づちのタイミングはかなり重要だったりします。
しかしそうは思いながらも、僕はそんな織姫さんの話を聞くことが、実はひそかな楽しみだったりします。
兄さんのことがあって、施設に来る前にいた小学校ではあまり友達を作らず、『アンチドーテ』の活動に力を入れていたため、同年代の友達をこうした話をしてくることがなかったからです。
だから僕は織姫さんと話すことが楽しいと感じたり嬉しいと思うのでしょう。遅れてやってきた青春とでも言うのでしょうか。
「――それでは、また明日」
織姫さんがそう言って立ち止まった場所は、僕たち男子生徒が進入禁止の女子スペースへと続く通路の前でした。
「ええ。おやすみなさい」
僕がそう言って笑うと、織姫さんは微笑んでから、
「おやすみなさい」
そう言って女子スペースへと向かって行ったのでした。
それから僕は自室に向かってまた歩き始めます。
さっきと廊下は何も変わらないはずなのに、織姫さんと別れた廊下はなんだか暗く感じました。
やはり、1人だと幽霊が怖いとでも思っているのでしょうか。――そんなことはないと信じたいですけどね。
しかしこの施設も、あとどのくらいいられるのでしょう。
「あと何回、織姫さんに『おやすみなさい』が言えるんでしょうね――」
はっとした僕は口を押さえます。
思ったことをふいに口に出していたことに驚いたのでしょう。
「僕は、何を言って――」
夜の闇に飲まれて、感傷的にでもなったのでしょうか。
「織姫さんとは、あくまでここで過ごす時に過ごしやすくするため、仲良くなったふりをしているんでしょう。都合よく、そして要領よく……それが僕の信念。お友達ごっこはここにいる間と決めている。だから……」
そんなことを呟いているうちに、僕は自室の前に到着していました。
「こんなことで考え込むなんて……」
僕はつい、ため息を漏らしてしまいます。
「自分で引いた線を忘れるな、ですよ」
それから僕は、いつものように夜を明かしたのでした。
数日後。プロジェクト発表会を終えた僕は、織姫さんを自室に呼び、その反省会と今後のことを話し合っていました。
「――さすが、織姫さん。呑み込みが早くて助かります!」
助かる? 助かるってなんですか??
はっとした僕はそんなことを思うのでした。
「――あ、いえ。僕が助かるって言うのもなんだかおかしな話でしたね」
僕はただ、織姫さんのお手伝いをしているだけ。だから、僕が喜ぶことも嬉しく思うことも間違っている。
それから織姫さんは僕に真剣な顔を向けました。
もしかして何か、僕に伝えようとしている?
「――狂司さん。この先も一緒にというのは、ダメなんですか? ここまでこられたのは、狂司さんと一緒だったというところが大きいです。この先もずっと一緒に、このプロジェクトを――」
そんな織姫さんの言葉を、僕は遮りました。
「約束、したじゃないですか。だからそれはできません。織姫さんがここにいる間だけ、僕はお手伝いします。そして、その先は織姫さんが一人で頑張らなければ意味がありません」
言いながら冷静なつもりでしたが、少々が感情的になっていたようです。
そして僕は先ほど、とても冷たい声色で織姫さんに伝えたのでしょう。彼女の目は、だんだんと悲し気な色になっていくことがわかります。
「でも……」
どれだけ悲しそうに言われても、僕はあなたを突き放さないといけないんです。
織姫さんには成長してもらわないと困るのですから。だってこのプロジェクトはそのために、始めたことでしょう?
今度は感情的にならず、冷静に大人の対応で――それを意識しながら、僕は織姫さんに伝えます。
「一人で頑張らないと、後継ぎとして認めてもらえないのでしょう? もし僕が手を貸したとして、それは織姫さん一人の功績と認められますか? やはり、後継ぎとしては役不足だ、と言われて終わりではないのですか?」
「そう、ですが……でも、私は……えっと」
今日の織姫さんはいつもみたいに引き下がってくれないのですね。もしかしたら疲労で考える力が低下しているのかもしれません。
僕は両手でパンっと鳴らし、織姫さんの意識を別に移します。そして、
「今日はここまでです。織姫さんも今日まで根詰めすぎて疲れているのかもしれません。今夜はゆっくり休んでください。続きはまた明日から」
僕至上、最高に優しい声で織姫さんにそう言いました。
きっとこれで彼女も――。
それから織姫さんは肩を落としながら、
「はい」
としゅんとした声でそう言いました。
もしかしたら織姫さんは冷静さを欠いていた自分に対して、嫌悪感を抱いたのかもしれません。今後のことを考えて、また明日にでもフォローをいれておかないとですね。
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