第6話ー④ 織姫と彦星
――4月。織姫はS級施設を卒業した。
半端な時期での卒業となったため、織姫は5月の連休明けから大学へ通学することになった。
実家から通えない距離の大学ではなかったが、どうしても親の目があるところでプロジェクトを進めづらいと感じた織姫は、大学の寮に入所することにしたのだった。
――女子寮、織姫の自室にて。
「施設にあったものをそのまま持ってきただけですけれど、まあこれでしばらくは何とかなるでしょう。あと2週間ほどで学校が始まるわけですが……」
織姫はそう呟き、部屋にあるカレンダーに視線を向ける。
そして5月30日に記載されている『アイドルイベント開催』の文字を見て頷くと、
「それまでにできるところまでまた進めましょう。イベントの段取りを詰めるには、この時間を有効活用しない手はないですよね」
そう言って、PCを開くのだった。
そして5月になり、織姫は大学生活が始まりを迎えた。
白いブラウス、紺色のセーター、そして黒のプリーツスカート。肌寒さを緩和するために黒タイツを着用して、織姫は大学へと向かった。
教室に入ると、そこには数人の学生が楽しそうに集まって、話している姿が目に入る織姫。
学園系の物語だと、完全に出遅れたという展開になるわけですね。でも、私はお友達を作るためにここへ来たわけじゃありませんから――
そう思いながら、織姫は入り口から一番近い机に座った。
「ここなら講義が終わったら、すぐに帰れますね」
織姫はそう呟きながら筆記用具の準備を始めた。
「あれ、織姫?」
突然聞こえたその声の方に顔を向ける織姫。
そしてそこには織姫のよく知る青年の姿があった。
「げ……」
「久しぶり! 同じ大学だったんだ!! って言うか、隣良い? いいよね!!」
そう言って隣の席に着く青年。
「良いとは言っていません。というか、どこかへ行ってください」
「ひどいなあ、織姫は! あははは!!」
青年はそう言って頭を掻いた。
「相変わらず鬱陶しいですね、弦太」
「そんなに褒められても~」
「何をどう聞いたら、それが褒めだと思うのです?」
「あはは」
弦太はそう言って嬉しそうに笑う。
それからふと織姫は、以前婚約の件で弦太にひどいことを言ってしまったことを思い出した。
そう言えば、あれから一度も連絡を取ってなかったですね。怒っている様子はないようですけれど――
「弦太。あの――」
「どうしたの、改まって?」
きょとんとした顔でそう尋ねる弦太。
弦太にその時のことを忘れられているような気がして、少しだけむっとする織姫。
しかし、その時の後悔を残したままなのは嫌だと感じていた織姫は、弦太の目をまっすぐに見つめ、ちゃんと思いを伝えることにしたのだった。
「――前に私、ひどいことを言ったなと思いまして……だから、ごめんなさい」
織姫の言葉にはっとした弦太は、笑顔を消して一度俯く。
「ううん。僕も織姫の気持ちを考えずに嫌な言い方しちゃったなって反省したよ。だから僕の方こそごめん」
弦太は織姫の目をまっすぐに見てそう言った。
「弦太……ありがとう」
織姫はそう言って微笑んだ。
「か、可愛い……」
「はい?」
「いや、織姫はやっぱりかわいいなと思っただけ!」
満面の笑みでそう告げる弦太。すると織姫は真面目をして、
「やはり鬱陶しいですね」
平坦な口調でそう言った。
「え!? ここはときめいてくれるとこじゃないの!? 久しぶりにあった幼馴染からの言葉に、きゅんとしてくれるんじゃないの!?」
「そろそろ講義が始まるので、静かにしてもらえますか」
「えええ……」
そう言って唇を尖らせる弦太。
それから講義が始まったのだった。
――講義後。
「さてと」
織姫はそう言って鞄に筆記用具をしまってから立ち上がると、
「織姫、この後ランチでもどう?」
弦太がニコニコと笑いながらそう尋ねた。
仲直りの証に……と言ってあげたいところですが、プロジェクトのこともあるので、今日は遠慮しておきましょう。ここにいる間はいつでもチャンスはあるのですから――そう思いながら、織姫は弦太の顔を見て、
「いえ、やることがあるので部屋で済ませます。それでは」
そう言って教室を出た。
「織姫~!」
背後から聞こえる弦太の声に振り返ることなく、織姫は廊下を颯爽と歩いていったのだった。
――織姫の部屋にて。
部屋に戻った織姫はノートパソコンを開き、イベントの準備を進めていた。
その時、ふと弦太とのやりとりを思い出し、そして微笑む織姫。
「もっと怒ってくれても良かったのに。私はそれだけのひどいことを弦太に言った。でも、弦太はそれを自分のせいだって」
やはり、度量が違い過ぎる。だから、弦太は神宮寺家の跡取りなんだ――
「相手にとって不足無し、ですね。ライバルは強いほうが燃えるってことです」
それから織姫は次の講義までの間、プロジェクトの準備を進めたのだった。
その後、織姫は一人で数々のイベントを成功させていき、少しずつビジネス業界で知名度を上げていった。
そして時間は流れ、織姫が大学3年生の秋の事――
「取材、ですか?」
『はい、女子大生でありながら、大きなプロジェクトをいくつも成功させているという気鋭の若手ビジネス家である本星崎さんに是非と思いまして』
有名なビジネス雑誌社からのその依頼に、織姫は疑問を抱く。
「でも、それって私が『本星崎家』の人間だからという事はありませんか? もしそうであれば――」
『いえいえ。あくまで本星崎織姫さん個人の取材内容です。お家柄とかはあまり関係ないです。今、手がけていらっしゃるプロジェクトのことをお伺いしたいなと』
そう言われた織姫は呆然としながら、
「わかり、ました。それではお引き受けいたします」
そう返事をする。
『ありがとうございます! それでは詳細はまたあらためてご連絡致します!!』
「はい。ご連絡ありがとうございました」
それから通話を終えた織姫は、ベッドに寝転んだ。
「取材、ですか。私が……私としての」
少しずつ、実績を積めているという事でしょうか――
「狂司さんは、どこかで見ていてくれているのかな。まだ、会えないのかな……」
そう呟き、織姫は悲し気な顔をする。
あとどれくらいなのでしょう。私はあとどれくらいやりきれば、あなたに会えますか――
それから織姫ははっとして身体を起こすと、
「ダ、ダメです。こんな気持ちでやっていてはダメです。私情を持ち込んでは、ダメです……」
首を振りながらそう呟いた。
「でも、また会いたいな」
そしてあの時のメッセージが果たされることを信じ、織姫はいつものようにプロジェクトの成功に向けて、邁進していくのだった。
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