第6話ー⑤ 織姫と彦星

 ――数日後。取材の日程が決まり、滞りなく取材の日を迎え、そのまた数日後にその取材記事はネットに公開されたのだった。


「なんだか、固すぎのように思いますが……大丈夫でしょうか」


 公開されたネット記事を読みながら、織姫はそんな不安をこぼす。


「教室へ行ったら、一目散に弦太から何か言われそうな気もしますね」


 もしも文句の一つでも言ったら、とりあえず1週間は口を利かないようにしましょうか――


 それから織姫は着替えを済ませ、大学へと向かう。


 そして大学の門をくぐったところで、織姫はふと昨日まわってきたメールのことを思い出した。


「そうだ。今日は確か1限が休講だと、連絡が入っていたのでした。取材の記事が載ることに意識がいっていてすっかりと忘れていました……」


 ため息交じりにそう呟くと、来た道をトボトボと織姫は引き返したのだった。


 それから部屋には戻らず、寮の前にある小さな公園のベンチに腰を下ろす織姫。


「たまには、ゆっくりする時間も必要ですよね」


 そう呟き、織姫はその場で読書を始めた。


「――はあ」


 一冊読み終えた織姫は一息つきながらその本を鞄にしまい、空を見上げた。


「もう大学3年生、ですか……」


 そんなことを呟く織姫。


「あと1年半くらいで成果を出せるでしょうか。後継ぎにしても大丈夫と思ってもらえるのでしょうか……」


 狂司さんとはまた、会えるでしょうか――


 そう思いながら、織姫は俯いた。


「私一人で、この先も頑張っていけるかな……」

「できますよ、織姫さんなら」


 織姫は急に聞えた声に驚き、その方に顔を向ける。


「なん、で?」

「なんでとは、ご挨拶ですね」


 織姫の目の前には、そう言いながら微笑む狂司がいた。


「――なんで急にいなくなったんですか! なんで、黙って勝手にいなくなって……あれから私はずっと寂しくて……でも、狂司さんに会いたかったから今日まで頑張って!!」


 声を荒げながらそう言って立ち上がる織姫。

 

「違いますよ、織姫さん。あなたが頑張ったのは、あなたのためです。あなたの助けを待っている能力者の子供たちのためです。だから、僕の為ではないですよ」


 狂司は笑顔を崩さずに淡々と織姫にそう告げた。


 この人はまた、そんな意地悪なことを――


「そうですけど、でも……狂司さんのためでもあったから!」


 悲し気な表情で織姫がそう言うと、


「そう、ですか」


 と狂司はゆっくりと目をそらした。


「はい」


 何か言わなくちゃ。そうじゃないと、また狂司さんがいなくなってしまうかもしれない。もうお別れは、嫌です――


 そう思って、織姫が口を開いた時。


「――あの。手紙、読んでくれました?」


 狂司は沈黙を破るようにそう言った。


「え、ええ」

「じゃあ話は早い。今日は、最後の挨拶に来ました」


 狂司は笑顔でそう言った。


「最後の?」


 その言葉の意味をすぐに理解できず、首を傾げながらそう言う織姫。


「はい。今日で織姫さんと僕はもうお終いってことです。今日を最後に、もう僕たちは二度と会うことはないです。それを伝えに来ました」

「な、なんでですか!」


 狂司の言葉にはっとした織姫は、語気を強めてそう言った。


 二度と会うことはない……? 狂司さんは何を言っているんです――??


 そう思いながら、不安な表情をする織姫。


「だって、織姫さんは一人でもう充分にやれる。僕の力なんて必要ない。今回、僕が織姫さんの前から姿を消したのは、最後の試練みたいなものでした。それをクリアした織姫さんはもう立派な一人前ですよ」


 陰のある笑顔でそう告げる狂司。


「勝手です! そんなのは勝手ですよ!! 勝手にいなくなって、勝手に現れたと思ったら、そんな勝手なことを……そんなの、納得できるわけないじゃないですか!」


 織姫は目に涙を溜めて、そう言った。


「何を言われても、僕は考えを変えない。これは僕が決めたことだから。僕の人生は僕しか決められないから」

「そんな……」


 もう、私が何を言っても聞いてくれないのですね――


 そう思いながら俯く織姫。


「それじゃ、織姫さん。さようなら」


 狂司はそう言って、織姫に背を向けて歩き出した。


 その後姿を見た織姫は、何か言わなくちゃと手を伸ばす。


 何を言えばいい? どうしたら彼を止められる――?


「狂司さん! 待ってください!!」


 そう叫んでも、狂司は歩く足を止めない。


「狂司さん!! お願い、待って!!」


 必死にそう呼びかける織姫。しかし、それでも狂司が振り返ることはなかった。


 勝手よ。勝手にやる気にさせて、勝手に逃げるなんて――!!


 唐突にその湧いた怒りの感情に支配された織姫は、去っていく狂司の背中を睨むと、


「待ちなさいよ、狂司!」


 いつもより強い口調でそう言っていた。そしてそんな自分に、織姫は一瞬だけ驚き、目を丸くする。


 こんな、言い方……私はなんで――

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