第6話ー① 織姫と彦星

 それはプロジェクト発表会の準備を始める少し前のことだった。


 ――食堂にて。


 織姫は実来と並んで座り、昼食を摂っていた。


「実来、最近はさらにスタイルが良くなったように思いますね」

「そ、そう、かな? 実は今、モデルレッスンの動画を観て、勉強中なんだよね」


 そう言って実来は笑う。


 前にモデルに挑戦したいと実来から聞いていた織姫は、実来の想いに驚く。


 あの言葉はただの思いつきではなかったという事だったのですね――


「そうなんですか! 本当に、実来は本気なんですね」

「うん。言ったじゃん。みんなと肩を並べていたいってさ!」

「そうでしたね! そうですか……うんうん」


 そう言って頷く織姫。


「どうしたの?」

「ああ、いえ。なんでもないです」

「そう?」


 そう言って首を傾げる実来。


「ほら! 早く食べちゃいましょう。午後も授業があるのだから」

「うん!」


 それから織姫たちは昼食を終え、午後の授業へと向かったのだった。




 ――数時間後、食堂にて。


「――うん。これくらい方向が固まれば、そろそろ実行に移してもいいかもしれませんね」


 狂司はノートパソコンの画面を見ながら、満足そうな顔でそう言った。


「そうですね」


 織姫がそう言って頷くと、狂司は織姫に視線を向けて、


「しかし、ただ実行すればいいというわけではないことは、織姫さんにもわかりますね?」


 ニコッと笑ってそう言った。


 お得意の意地悪スマイルですか。でも。今日の私はちゃんとした答えがあるのですよ、狂司さん――!


「ええ。わかっています。それで、少し狂司さんに提案があるんですが……」

「提案?」


 織姫のその意外な返答を聞き、きょとんとした顔でそう言って首を傾げる狂司。


 そんな狂司を見て、今日は自分が優位に立てたことを内心で喜びつつ、


「最初の一人を誰にするか、です」


 と織姫は真剣な顔でそう言った。


「候補に心当たりでも?」

「はい。実は……実来を最初の一人にしてはどうかな、と」

「如月さんを、ですか?」


 そう言って怪訝な顔をする狂司。


 まあ。狂司さんがそんな顔をするのは、無理もないですよね――



「実来は、実来には夢ができたんです」


「はあ」


「私達と肩を並べたいと、だから頑張りたいとそう言われました。今まで夢も目標も語ってこなかった実来がそう言って今頑張っているんですよ。だから、私は……」



 織姫が真剣な顔でそう言うと、狂司は小さくため息を吐き、


「わかりました。じゃあ、聞きましょう。その、如月さんの夢と言うのを」


 そう言って織姫の顔を見据えた。


「はい!」


 それから織姫は、実来から聞いた夢の話を狂司に伝えた。


 モデルを目指していること。動画を利用して、自主的にレッスンをしていることなど――


 狂司は織姫の話を静かに聞いていた。


 その後、織姫の話を聞き終えた狂司は少し考えるようなしぐさをしてから、小さく頷く。


 おそらく答えが出たのだろう――と織姫は狂司が何を言うのか、その言葉を待った。


「――なるほど。まあ、如月さんの本気さは伝わりました。じゃあ、最初の一人は如月さんにお願いしましょうか」


 狂司がそう言うと、織姫は目を輝かせて、


「ありがとうございます!」


 そう言って満面の笑みをした。


「ちょっとリアクションが大袈裟すぎじゃないですか? えっと――それじゃ、それを踏まえて今後のことを話し合いましょうか」

「はい!」


 そしてこの日の話し合いは、夜遅くまで続いたのだった。




 ――翌日。


「しまった、寝過ごしてしまいました」


 織姫はそう呟き、急いで食堂に向かった。


 そして織姫が食堂に到着すると、


「あ、おはよう織姫~」


 実来が織姫の方を見てそう言った。


「おはようございます、実来。今朝は早いですね」


 それから織姫は実来と朝食を楽しみながら、昨日狂司と話し合ったことを伝えた。


 そしてその日の晩、実来と狂司と共にプロジェクト発表会のミーティングをし、この日から発表会に向けての準備が進んで行ったのだった。




 ――プロジェクト発表会、前日。


 織姫はこの日も狂司と共に食堂でプロジェクト発表会の準備をしていた。


「――これで今日までの準備は、全て完了ですね」


 ノートパソコンを見つめながら、織姫はほっとした顔でそう言った。


 狂司はそんな織姫を笑顔で見ると、それから広げていた資料の片づけを始めた。


「あとは明日を待つだけですね」

「そうですね」


 織姫は片づけを進める狂司の背中にそう言った。


 明日は記念すべき日なのに、狂司さんはなんだか相変わらずと言う感じですね。まあ、そんな彼に今日までたくさん支えてもらったのは事実ですが――


「……あの、狂司さん」

「はい?」


 狂司は片づける手を動かしたまま、織姫にそう答えた。


 顔を向けてくれないことに、少しムッとする織姫だったが、とりあえず言いたいことは言ってしまおうとそのまま言葉を伝えることにした。


「今日までありがとうございます」


 その言葉に狂司は手を止めて、織姫の方に顔を向けた。


 最近は前よりも関係が良好になってきていると思っていた織姫は、少しだけ狂司からの返答を期待していた。


 僕もです――と共感の言葉をもらえると。


 しかし、狂司は以前と変わらず、いつものように織姫の期待する言葉を返すことはなかった。


「ええ。そういう約束ですからね」


 そう言ってニコッと笑う狂司。


 この人は、いつもそうやって意地悪な顔を――


 真面目な話をしようとしている腰を折られたような気がした織姫は、これはこれでいつものことなんですけれど――と呆れた顔をした。


 それから「こほん」と咳ばらいをして、


「だから――これからも宜しくお願いします」


 織姫は狂司の顔をまっすぐに見てそう告げた。


 すると狂司は笑顔のまま顔色一つ変えずに、


「それはまた違った話ですね」


 淡々とそう言った。


「違う……?」

「ええ。僕が手伝うのは、あくまでここにいる間だけ、ですから」

「あ……そう、でしたね」


 そう言って俯く織姫。


 そうだった。ずっと一緒にいることが当たり前すぎて、私は忘れていた。私と狂司さんはここにいるだけの関係だということを――


 織姫は俯いたまま、黙りこんでいた。


 いつかは彼との別れが来ることを再認識し、その日がもう直に来ることを察したからだった。


「では準備はこの辺にして、今日は早めに休みましょう。明日が始まりの日ですから」


 狂司が優しい声でそう言うと、


「そうですね」


 織姫は俯いたまま、悲し気にそう答える。


 彼の言う通り。明日は始まりの日。いつまで狂司さんと一緒にできるのかはわからないけれど、それでもできるところまでやれたら……いいえ、やりきりたいですね――


 そして織姫たちは解散したのだった。

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