第6話ー② 織姫と彦星
――プロジェクト発表会、終了後。
実来と別れた織姫は狂司に連れられ、狂司の部屋に来ていた。
部屋に着くなり、織姫はその部屋をまじまじと見つめる。
そこは備え付けの机とベッド、そして本棚のみが設置されており、他には何もない部屋だった。
男の方の部屋は初めてですが、こんなに整っているというより、シンプルなものなんですね――
感心しながら頷く織姫。
「あまりそうまじまじと観察されるのは、ちょっと……」
狂司は困った顔でそう言った。
「え、ああ……すみません。男の方の部屋に入ったのは初めてだったので」
「僕も女の子を部屋に入れたのは初めてですけどね」
そう言って織姫の顔を見て微笑む狂司。
それを見た織姫は、顔を真っ赤にする。
「や、やややっぱり、場所を変えましょう!!」
「別に変なことはしないですよ。ほら、座ってください」
狂司はそう言ってベッドの方を指差した。
ベッドの上!? いえ、狂司さんなら破廉恥なことはしないと私は信じています。信じていますけれど、しかしベッドの上に座るというのは――
戸惑いしながら、もじもじとする織姫。
「で、でも――!」
「じゃあ、織姫さんのお部屋でやりますか?」
狂司は腕を組みながら、ため息交じりにそう言った。
「それは、もっと嫌です……」
そもそも、男性の方は女性の生活スペースには入れないのでは――?
「でしょう? じゃあ、早く座ってください。時間は有限なんですから」
「はい……」
そうして言われるままに織姫は狂司のベッドに座り、そんな狂司は机に向かってPCをいじり始めた。
「じゃあまず、今日の反省ですけれど――」
それから織姫と狂司は発表会の反省と今後の方向性を話あった。
「――さて、まあこれからはこれまで以上に攻めの姿勢でってことが言いたかったのは、伝わりました?」
「はい。話題になっている今、どんどん次の手をという事ですね」
せっかく結衣さんや凛子さんたちにお力添え頂いたのですから、これを生かさない手はないですね――!
そんなことを思い、織姫は両手の拳を胸のあたりで握って大きく頷く。
「さすが、織姫さん。呑み込みが早くて助かります! あ、いえ。僕が助かるって言うのもなんだかおかしな話でしたね」
狂司は困った顔をしてそう言った。
もしかしたら、今回のことで狂司さんも考えを変えてくださったのでは――?
狂司の困っている顔を見て、織姫はふとそんなことを思っていた。
それから織姫はまっすぐに狂司の顔を見つめる。
「――狂司さん。この先も一緒にというのは、ダメなんですか? ここまでこられたのは、狂司さんと一緒だったというところが大きいです。この先もずっと一緒に、このプロジェクトを――」
「約束、したじゃないですか。だからそれはできません。織姫さんがここにいる間だけ、僕はお手伝いします。そして、その先は織姫さんが一人で頑張らなければ意味がありません」
狂司のいつもより少し強めの言葉に、織姫は目を見張った後、ゆっくり俯いた。
「でも……」
「一人で頑張らないと、後継ぎとして認めてもらえないのでしょう? もし僕が手を貸したとして、それは織姫さん一人の功績と認められますか? やはり、後継ぎとしては役不足だ、と言われて終わりではないのですか?」
狂司は淡々とそう告げた。
「そう、ですが」
確かに、狂司さんの言う事も間違ってはいない。私は、本星崎家の後継ぎになるために、弦太との婚約を破断させるために、このプロジェクトを成功させたいと思っていた。けれど――
「でも、私は……えっと」
それから狂司は両手でパンっと鳴らすと、
「今日はここまでです。織姫さんも今日まで根詰めすぎて疲れているのかもしれません。今夜はゆっくり休んでください。続きはまた明日から」
嘘くさい笑顔と優しい声でそう言った。
「はい」
それから織姫は狂司の部屋を後にしたのだった。
狂司の部屋を出た織姫は、トボトボと薄暗い廊下を歩いていた。
「初めはそうだったけれど、今は狂司さんと一緒にできることが楽しい……そう言いたかったのに、言えなかったな」
でも、それを言ってしまったら、もう一緒に過ごすことができないような気がする――
それからため息を吐く織姫。
「今日はゆっくりと休みましょう。きっと疲れているから、こんなセンチメンタルなことを思ってしまうのですね」
そうして織姫は自室に戻って行ったのだった。
翌日、織姫と狂司はいつも通りの日々を送っていた。
いつも通りに授業に参加し、いつも通りに食事を終え、いつも通りに2人でプロジェクトの打ち合わせをしていた。
そんな日々を繰り返していたある日の事。暁からクラス制度撤廃の日取りが決まったことを織姫たちは知らされた。
「4月、ですか」
食堂で紅茶を片手に織姫がそう呟く。
「長いようで短かったですね」
狂司は微笑みながら織姫にそう言った。
長いようでって……狂司さんは私との時間が退屈だったと? ああ、でも短かったという事は、少なからず楽しくはあったのかもしれない……でも、やっぱり長いと――
狂司の少ない言葉だけではその言葉の真意がわからず、悶々とする織姫。
「それはどういう意味ですか」
織姫は不満そうな顔でそう言った。
「いえいえ。ここで過ごした時間の話です。それと」
狂司は織姫の顔を覗き込むと、
「織姫さんと共に過ごした時です」
そう言ってニヤリと笑う。
「そういう、思わせぶりみたいな行動は慎んでくださいよ!!」
「あはは。気をつけます。まあ、織姫さんくらいにしか、こんなことはしませんが」
その言葉に頬をポッと赤くする織姫。
「もうっ!」
そう言って織姫は狂司から顔をそらした。
この人はもう、本当に何なんですか――!
「ははは! でも、残り2か月ほどになりますね」
唐突にまじめな声でそう言う狂司に、織姫は俯く。
それはもうすぐ施設がなくなること、そして狂司との別れが決まった悲しさを知ってしまったからだった。
「――ええ」
「そういえば、大学は決まったんですっけ?」
「はい。制度が撤廃になるのなら、5月からは通学ができるということですよね」
「そうですね」
織姫はゆっくりと狂司の方を向くと、
「狂司さんはどうするのです?」
その顔をまっすぐに見てそう尋ねた。
「僕はどこかの高校に入り直すのだと思います。まっとうに生きるって決めたので」
「そう、ですか」
前に、『非政府組織』だったと狂司さんは言っていた。その時間を取り戻すための決意なんだろうな――
そう思いながら狂司を見つめる織姫。
「ここを出たら、お互いに一人になってしまいますが、頑張りましょうね」
笑顔でそう告げる狂司。
「はい……」
なぜ、そんなに笑顔で……やっぱり狂司さんは、私と過ごす時間が煩わしいと感じていたのでしょうか――
そう思いながら肩を落とす織姫。
「楽しかったんですけどね」
ぽつりとつぶやく狂司。
「え?」
「ああ、いえ。何でもないです。ほら! タイムリミットは決まったわけですし、どんどん進めましょう」
「は、はい」
楽しかった……? 狂司さんがそう言ったように、聞こえたような? もし、本当にそう思ってくれるのならば、私は最後までちゃんと狂司さんとできるところまでやりきりたいな――
その後も織姫たちは、いつも通りの毎日を続けていったのだった。
しかし、そんないつも通りが唐突に終わりを迎える――
暁から制度撤廃の話を聞いて、1か月後。3月のことだった。
織姫がいつものように目を覚まし、朝の支度を終え、スマホを確認すると、そこに一通のメールが届いていた。
「狂司さんから……?」
その内容を見た織姫は、目を見張った。そして、急いで自室を飛び出す。
織姫がその足で向かったのは、男子の生活スペース。そして、足を止めたのは、狂司の自室の前だった。
織姫はその部屋の扉をノックもせずに開く。すると、先日まで置かれていた本棚の本はなくなり、布団もきれいに折りたたまれていた。
そして、本来はそこにいるはずの狂司の姿はなかった。
もちろんそれは、もう食堂に行っているとか施設内のどこかにいるとか――そういうことではないと織姫はわかっていた。
「なんで……ここにいるまでは、一緒にやってくれるって……手伝うって言っていたじゃない。なのに、どうして――」
そう言いながら、目に涙を溜める織姫。
そして手に持っていたスマホを落とし、そのまま織姫も膝から崩れおちると、両手を床につけて俯いた。
『僕は施設を出ることにしました。今までありがとう。さようなら』
落ちたスマホの画面には、そんな狂司からのメッセージが表示されていた。
「なんで、ですか……」
そのメッセージを読んだ織姫は、その場に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます