第4話ー⑥ 夢、叶うまで

 時は流れ、全国ツアー開始まで残り3週間となったころ。


 ――レッスンルームにて。


「すまん。今日、真一は取材の仕事が入って……俺しかいないんだよ」


 両手を合わせて凛子にそう言うしおん。


「まあ、しおん君がいれば音はあるわけだよね? それにずっと真一君と一緒に練習をしているのなら、しおん君だって歌えるでしょ? 仕方ないから、耳障りが悪いしおん君の歌声で我慢してあげるよ!」


 凛子はそう言ってニコッと笑う。


「お前は……いつも、一言余計なんだって!!」

「え? じゃあ何ですかあ☆ もしかして真一君と同じくらいの歌を歌えるとでもお?」

「ぐっ……何も言い返せねえ……」


 そう言って膝から崩れ落ちるしおん。


「まあ、冗談はさておき」

「冗談なのかよ!」

「冗談ですよお☆ 私を何だと思っているんですか!!」

「かわいいアイドルの皮を被った、冷酷なピエロ女?」


 淡々とそう言ってから、しおんはニヤリと笑う。


「微妙に私の能力を織り交ぜてこないでよ!! でも、別にしおん君の歌声が耳障りだとは思っていないよ。私よりは絶対にうまいしさ……」


 悔しそうに口を歪めてそう言う凛子。


「ははっ、なんだよ! アイドルのくせに歌の上手さとか気にしてんのか?」

「するでしょ! 一応、アイドルだって歌を歌う職業ではあるんだし」


 そう言って凛子はプイっとしおんから顔をそらした。


「うーん。でもアイドルって、人を笑顔にすることが第一だろ? だったら、うまいとか下手とか気にせず、楽しいって気持ちを前面に出していった方が良くないか?」


 そんなしおんの言葉を聞いた凛子は、ゆっくりとしおんの方を向く。


 あれ、もしかして怒らせるようなことを言ったか――?


 それから凛子はため息を吐くと、


「――しおん君のくせに、たまにはまともなことを言うんですね」


 そう言って笑った。


 笑う凛子を見て、しおんはほっとすると、罵ってきた凛子に「たまには、は余計だ!」とすかさずツッコミをいれた。


「ったく……無駄話してないで、練習するぞ! 夢を叶えるために時間はいくらあっても足りないんだろ?」

「はいはい」


 それからしおんと凛子は2人だけの練習を始めたのだった。




 ――数分後。


「――よしっ。こんなもんか!」

「……」

「どうした?」


 歌い終えて呆然と佇んでいる凛子を見て、しおんは心配そうな顔でそう言った。


「――いえ、さすがだなと思って」

「は? どうしたんだ、いきなり? あ、もしかしてあれか!? これから俺をどん底に突き落とす一言を喰らわせるための策略とか――」


 そう言って凛子から距離を取るしおん。


「だから私を何だと思ってんのって! ――純粋に感動したの。私がリズムをうまく取れなくても、カバーするようにリズムを合わせたり、歌詞があやふやなところに、うまくコーラス入れてた。いつからそんな巧みな人間になったのよって」


 凛子はしおんの方を見て、頬を膨らませてそう言った。


「そ、そうか? まあでもさ……俺だってまだまだだよ。まだまだだから、もっと頑張りたくて、うまくなりたいんだ」


 そう言ってニッと歯を見せて笑うしおん。


「悔しいな……」

「え?」

「一緒に走っているつもりだったのに、なんだかおいて行かれちゃった気がした。私はまだ前に進めていなくて、でもしおん君はちゃんと前に進んでいて……私、何やってきたんだろってさ」


 凛子はそう言いながら俯いた。


「――そんなことないさ。俺がこんだけ頑張れるのも、凛子が頑張っているからだよ」

「どういうこと?」


 凛子はそう言って顔を上げ、しおんの方を見た。



「凛子が出ているドラマとかライブの配信動画とか観るけどさ、何度観ても凛子って遠い存在なんだって思い知らされるんだよ」


「そんな、私は」


「だからちゃんと俺もライバルって思ってもらえるように頑張らなくちゃって思うわけさ――ってか前にも同じような話しなかったか?」


「した、ね……」



 そう言って凛子は「ふふっ」と笑った。


「俺は凛子がいるから頑張れるし、凛子も俺がいるから頑張れるってことにしようぜ!」


 満面の笑みでしおんはそう言った。


「なーんか、しおん君にそう言われるのはムカつきますね」


 冗談めかして凛子がそう言うと、


「は!? 俺、良いこと言ったよな!!?」


 しおんは目を見張りながらそう言った。


「うふふ。ありがとうございます」

「ああ――んじゃ、凛子の卒業ソングのこともついでにやっちまうか! 今日は時間あるんだろ?」


 しおんは凛子にそう言って微笑みながら、アコースティックギターを構えた。


「ええ。今日はもうオフなので、何時間でも!!」

「おしっ! じゃあ、とりあえずまだ仮段階なんだけどさ。こんな感じの音で――」


 それからしおんは用意してきた曲を凛子に披露した。


「アイドルっぽい……」


 聴き終えた凛子は呆然としてそう言った。


「そ、そうか!? いやあ、良かった……アイドルソングなんて作ったことないからさ!!」


 しおんは嬉しそうにそう言って頭の後ろを掻いた。



「あの、それで――」


「ん?」


「歌詞、は……?」


「え?」


「え? もしかして、曲だけですか?」


「おう!」


「いや、おうって!!」


「作詞は凛子がやれ!」


「わ、私!?」


「そうだ!!」



 そう言ってニコッと笑うしおん。


「でも、やったことなんて……」


 凛子はそう言って不安げな顔をする。


 まあ、初めての人間に丸投げってのはな――


「今回は俺が手伝ってやるよ!」

「じゃ、じゃあ、頑張ってみます――」


 それから凛子は、しおんの指導の元で作詞を始めた。




 ――数時間後。


「あ、もう21時回ってますね」

「本当だ……気が付かなかったぜ。時間大丈夫か?」

「え、ええ。でも――」


 お腹の音が鳴る凛子。


「さすがに昼以降何も食べていないので、腹ペコですね」


 腹を擦りながら凛子はそう言って苦笑いをした。


「そうだな……今日はここまでにして、どっかで食べてから帰るか?」

「いえいえ。もしもそんなところを見られては、お互いの活動に影響が出ますので! 私は帰って、家で食べることにしますよ」


 そう言いながら、迎えを呼ぶためにスマホをいじる凛子。


「そうか? ごめんな、こんな遅くまでさ」

「いいえ。楽しかったですよ! しおん君との共同作業!!」


 そう言って頭を傾けながらニコッと笑う凛子。


 そんな凛子のふいのしぐさがかわいいなと思うしおん。


「黙ってりゃ、アイドルなんだよな……」

「むっ。なんだか喧嘩を売られているような気がする」


 そう言ってしおんを睨む凛子。


「つい本音が……すまん!」


 しおんはそう言いながら、両手を合わせた。


「しおん君は――! っと、もう迎えが……近くの現場だったのかな」


 そう言って少し残念そうな顔をする凛子。


「仕方がないから、今日はこの辺にしてあげる! 次はツアーのリハーサルの時だよね?」

「ああ、それまでにちゃんと練習してこいよ」

「はーい! それでは、お疲れ様でした!!」

「お疲れ!」


 それから凛子はレッスンルームを出て行った。


「さて、俺はもう少しだけやっていこうかな」


 そしてしおんは1人、レッスンルームに残るのだった。


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