第4話ー⑤ 夢、叶うまで

 数時間後――。


「じゃあ、今日はこの辺にしておきましょう。とりあえず、セトリはこれで固まりましたね」


 凛子はそう言ってから帰り支度を始めた。


「そうだね。じゃあ、また次の練習までに、凛子は自分のパートを覚えてきてね」

「お任せあれ☆」


 そう言って凛子はニコッと微笑んだ。


「間違えてドラマのセリフとか言うんじゃねえぞ」

「しおん君も腑抜けた音なんで鳴らさないでくださいねっ!」

「なんだと――!」


 向き合って言い合うしおんと凛子の間に立った真一は、


「ああ、もう! ストップ! 夫婦めおと漫才はもういいから!!」


 そう言って静止する。


 すると、


夫婦めおとじゃないから!!」


 と見事に重なるしおんと凛子の声。


 それを聞いた真一は、「ふふふ」と肩を震わせて笑った。


 真一が凛子の到着を心待ちにしていたのは、これを見たかったからだったか――


 そんなことを思いながら、ムッとした顔で真一を見つめるしおん。


「――って、本当に時間が! じゃあ、今日はありがとうございます! お疲れ様でした!!」


 そう言って凛子は大急ぎでレッスンルームを出て行った。


「ふう。やっと静かになったな!」


 一息つきながらそう言うしおん。


「それで、2人で何の話をしていたの?」

「え!?」

「だって、僕が戻って来たとき、すごくいい雰囲気だったからさ」


 ニヤニヤと笑いながらそう言う真一。


「ち、ちがっ! 凛子が、卒業ソングを作ってほしいって言うからさ。それで――」

「卒業ソング!? 作曲依頼にも驚いたけど、凛子はアイドルを卒業するんだね」


 目を丸くしながら、真一はそう言った。


「ああ、春のドームライブで卒業するんだって」

「僕たちの全国ツアーの後、か……間に合ってよかったね」

「は?」

「いや。だって、もしかしたら一緒のステージに立てなかったかもしれないでしょ? そう思ったらさ」


 真一はそう言いながらしおんの顔を見て、微笑んだ。


 凛子もさっき同じようなことを言っていたな――としおんはそんなことを思う。


「ああ。そうだな」

「良い曲、書いてあげてね」

「真一は手伝ってくれないのかよ!」


 しおんが唇を尖らせてそう言うと、


「だって、凛子はしおんにお願いしたんでしょ? 『はちみつとジンジャー』にではなく、鳴海なるみしおんに」


 ニヤリと笑って真一はそう言った。



「なんだか、意地悪な良い方するな」


「そう? ごめんごめん。でもさ、きっとしおんなら良い曲を書いてくれるって信じているから、凛子はしおんに頼んだと思うよ。だから、頑張って!」


「――ああ」



 それからしおんたちはシェアハウスへと戻って行ったのだった。



 * * *



 ――トイレに行っていた時の真一。


 だいぶ話もまとまったし、これでどうにかライブには間に合いそうだな――


 そう思いながら、トイレを出てレッスンルームに戻ろうとした真一は事務所のソファでスマホをいじっている『ASTERアスター』のギタリスト、星司せいじを見つけた。


「星司さん?」

「ああ、真一か。お疲れ様」


 そう言って持っていたスマホをしまう星司。


「お疲れ様です」


 人付き合いの苦手な真一だったが、なぜか星司には心を許しており、見かけるたびにこうして声を掛けていた。


「今日は鳴海なるみとレッスンか?」

「はい。それと、全国ツアーの打ち合わせを……凛子と一緒に」


 女子と打ち合わせなんて聞いたら、星司さんは僕たちに何か悪いイメージを持つだろうか――


 ふとそんな不安を抱く真一。


「ああ。あの知立ちりゅう凛子か」


 その意外な返答に、真一は目を丸くした。


「え……星司さんは凛子のことを知っているんですか?」

「まあ、業界人なら名前くらいは知っていてもおかしくはない。それと、おやじが大ファンだからな」


 やれやれと言った顔をでそう言う星司。


「ああ……前に社長、そんなことを言っていましたね」


 真一はクスクスと笑いながらそう言った。


 それから真一は、最近増えてきたテレビ出演のことやCM撮影など、芸能活動での悩みを星司に相談したのだった。

 

「――あ、そういえば。アルバムオリコンランキング1位、おめでとう。まさか――いや、やはりと言った方が正しいか」


 星司は思い出したようにそう言って嬉しそうに笑う。


「ありがとうございます……でも、それってどういう意味ですか?」

「真一の歌声は――あやめほどではないけれど、人を引き付ける力があると俺は思っているんだ」


 星司がらまっすぐにそう言われた真一は、恥ずかしくも嬉しい気持ちになり、赤面しながら微笑んだ。


「これからもライバル同士、そして同じ事務所の仲間として、よろしくな」


 そう言って右手を差し出す星司。


「あ、はい!」


 そしてその星司の右手を真一はしっかりと握り返した。


「僕たちだって、いつまでも『ASTERアスター』の背中を見ているわけじゃないですからね!」

「言ってくれるじゃないか」


 そう言ってニヤリと笑う星司。


「じゃあ、僕はそろそろこれで……しおんたちがまた夫婦めおと漫才を始めているかもしれないので」

夫婦めおと漫才? それはちょっと聞き捨てならないな」


 星司はそう言って険しい顔をして、立ち上がる。



「せ、星司さん?」


夫婦めおと――それはつまり人気アイドルとのスキャンダルってことだろ? まったくあいつは、ただでさえ事務所の問題児――」


「いえ、そうじゃないんです。すみません、間違えました。ただの口喧嘩です、はい」



 真一はおろおろとしながらそう言って、今にもレッスンルームに乗り込もうとする星司を止めた。


「そうか? それならいいが……おっと、もうこんな時間か。じゃあ、俺ももう行くよ。お疲れ様」

「お疲れ様でした。それと相談に乗ってくださって、ありがとうございました」

「ああ。また何かあったら、いつでも相談しろよ?」


 そう言ってから、星司は事務所を出て行った。


「星司さんって僕と話す時は普通なのに。なんでしおんのことになると雰囲気が変わるんだろうな」


 そして以前、哲郎から「星司はあやめのことを好きすぎる」と聞いたことを思い出す真一。


「しおんとあやめが兄弟だから、嫉妬しているってことかな? 今度、星司さんに聞いてみよう。答えてくれるかはわからないけれど」


 それから真一はレッスンルームへと戻って行ったのだった。

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