第2話ー② 約束のブレスレット

 ――廊下にて。


 マリアたちが廊下を進んでいると、1人で長椅子に座る少女がいた。


 その少女を見つけたゆめかは、少女にゆっくりと近づき、


「こんにちは。調子はどうだい?」


 笑顔でそう尋ねた。


「わあああ白銀さんだっ! こんにちは! すっごく良い調子だよ!」


 そう言って微笑む少女。


「そうか。ふふふ、もう心配はなさそうだね」

「うん! ありがとう、白銀さん! またお話しようね!」

「ああ、もちろん。じゃあまたね」


 ゆめかはそう言って少女の頭にポンっと手を乗せた。


「またね! お仕事頑張って!!」


 少女はそう言ってニコッと笑った。


「ああ、ありがとう」


 そしてゆめかは少女に手を振ってから、再び歩き出す。


「あの、さっきの子は……」


 マリアが歩きながら首を傾げてそう尋ねると、


「あの子は心が不安定って理由で数日前に研究所へやってきてね。しばらくここで療養をしていたんだ」


 ゆめかは優しい笑顔でそう答えた。


「療養、ですか」


 さっきの見た目からは全然想像できないな――


 そう思いながら、笑顔でゆめかと会話をしていた光景を思い出すマリア。


「そうさ。話をしっかり聞いて、その子がどうしたいのかを導き出す――それがここでの私の役割だからね」


 そう言ってニコッと笑うゆめか。


「な、なるほど……カウンセラーの基本ですね!」

「うん。傾聴するって、すごく大事なことだからね」

「はい!」


 やっぱり白銀さんはすごい――! マリアはそう思いながら、ゆめかを羨望の眼差しで見つめた。


「――そんな白銀さんのおかげで、たくさんの子供たちが救われてきたんですね!」

「うーん。実はそうでもないんだよね」


 ゆめかは困り顔でそう言った。


「そう、なんですか?」


 こんな顔をする白銀さんは初めてかもしれない――そう思いながら、ゆめかを見つめるマリア。


「実はね、私がまだここへ来たばかりの時に救えなかった子供がいて――」


 それからゆめかはその当時のことを語り出した。



 * * *



「白銀ゆめかです。よろしく」

「……」

「あ、えっと……?」

「すみません。この子、なかなか初対面の人には心を開けなくて。ほら、友希恵ゆきえ! ちゃんとご挨拶!」

「……」


 友希恵と呼ばれた少女は、むすっとしたまま椅子に座っていた。


「あはは。私なら、大丈夫ですので……」


 この子はもしかしたら人見知りなのかもしれないな。なるべく言葉遣いに気をつけないと――


「まったく。この子、コミュニケーションを取るのが下手なので、いろいろご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる友希恵の母親。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 ゆめかが笑顔でそう言うと、母親はカウンセリングルームを出て行った。


「えっと、じゃあ友希恵ちゃん?」

「はあ。やっといなくなった……」


 友希恵はそう言って両手を上げて、背伸びをした。


 母親がいなくなった途端に話し始めた友希恵を見て、母親との関係が良くないことをなんとなく察するゆめか。


「お母さんとはあまり仲良くないのかい?」

「うん。だってお母さん、私のこといつも悪く言うんだもん」

「へえ」


 確かに、さっきも『コミュニケーションを取るのが下手だ』って言っていたね――


「あれもこれもできてないって、怒ってばかりで……いつも悲しくなるから、家では喋らないようにしているの」


 頬杖をついてそう言う友希恵。


「でも、それじゃ余計に心配かけるんじゃないかな?」

「心配なんてしないでしょ。だって、私を置いてどこかへ遊びに行くような母親だよ?」


 友希恵はぷいっと顔を背けてそう言った。


「うーん。それは自分がいると君が話しにくいと思ったからなんじゃないかな? きっとお母さんなりの優しさだったんだと思うよ」


 ゆめかがそう言うと、友希恵はゆめかを静かに睨みつけた。



「……お姉さんも、私がダメな子って言いたいの?」


「え、そんなつもりは――」


「もういいや。結局、カウンセリングとか言って、お姉さんも自分の考えを押し付けたいだけでしょ? 私の言う通りにすれば、幸せになれるみたいな?」



 そんなの宗教と一緒じゃん――と友希恵は肩をすくめてそう言った。



「そ、そんなつもりはないよ。私はただ、お母さんがどうしてそんなことをするのかを君に理解してもらいたかっただけっていうか……」


「じゃあお母さんのカウンセリングをすればいいじゃん。私の話を聞くつもりなんてないんでしょ?」



 友希恵は、苛立ちながらそう言った。


「そんなこと――!」

「あー、はいはい。そういうのいいから」


 それから友希恵は、カウンセリングが終了時まで一言も言葉を発することはなかった。


 今回は仕方がなかったんだ。きっとまた次に会えた時。その時は彼女に寄り添えるようにしよう――そう思ったゆめか。


 しかし、運命はあまりにも残酷な結果をゆめかに突き付けた。


「ゆめか君。今日、研究所に来た子なんだが……」


 所長から暴走した子供の話を聞いたゆめかは、一目散にその子供が眠る部屋へと向かう。そして部屋に着き、勢いよく扉を開けるゆめか。


 それからゆめかはその部屋のベッドに眠る少女の方を見て、そこにいるのが友希恵だという事を自分の目で確認したのだった。


 そしてゆめかはベッドの隣にある椅子に座った。


 それから眠る友希恵の寝顔を見つめて、そっと手を握る。


「ごめんね……」


 そう言いながら握ったその手の温かさを感じ、まだ彼女が生きていることを実感する。


「私があの時、ちゃんと話を聞いて上げられたら、こんなことには――」


 そしてゆめかは友希恵の手を強く握ると、もう二度と同じ過ちは繰り返さない――そう誓ったのだった。



 * * *



「その時のことがあって、ここでの役割をようやく認識したのかもしれないな」


 そう言って微笑むゆめか。


 白銀さんでもそんな過去があったんだ――


 自分の憧れの存在であり、尊敬している人も自分と同じ人間なんだなと思うマリア。


「今回は私もサポートするから、マリア君もここではたくさん経験を積んでほしいと思っているよ」

「頑張ります!!」

「うん、その意気だ! じゃあ、最初の部屋は――」


 それからマリアは、ゆめかと共に入所している子供たちの部屋を訪問していくのだった。

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