第86話ー⑤ みんな揃って
「あ、あの……」
実来はそう言って静かに手を上げた。
「どうした、実来?」
「あのね。ここで過ごしている期間が短い私だから言えることなんだと思うけど……別に、ここがなくなったって大丈夫なんじゃないかなって――」
「実来!? 何をたわけたことを言っているのですか!!」
織姫は声を荒げてそう言った。
「まあまあ織姫さん、落ち着いて? きっと如月さんにも考えがあるんですよね」
狂司は織姫に取り成すようにそう言って、実来の方を見た。
「考え、というか……ただ単純に、この場所がなくなっても思い出はみんなの中にあるんじゃないのかなって思ったんだ」
「思い出は、みんなの中に――」
織姫はぽつりとそう呟く。
「そう。場所に捕らわれることなんてないんじゃない? だって、私達が私達である限り、ずっと繋がっている関係だと思うんだよ。そして、たぶんそういうのを、親友とかズッ友って言うんだろうなって」
そう言って優しく微笑む実来。
「あははは。確かに、実来ちゃんの言う通りかもしれないですね☆ 私達は夢に向かって前へ進んでいるわけですし、いつまでも過去にすがっている必要はないのかもしれません!」
「そうだな。凛子の言う通りだ! 俺もここはそんなに長くなかったから言えることなのかもしれないけど……真一的にはどうなんだ?」
しおんがそう言って真一に視線を向けると、
「僕は……寂しい。でも――凛子たちの言う通り、僕たちは夢に向かって前へ進んでいるんだ。だからここを本当の意味で卒業するって大事なことなのかもしれない」
そこにいる全員の顔を見ながら、真一はそう言った。
「本当の意味の卒業か……さすが真一君、それで1曲作れそうだね!」
まゆおが笑いながらそう言うと、
「もう。からかわないでよ、まゆお」
真一は頬を赤く染め、唇を尖らせながらそう言った。
「ごめん、ごめん」
それから生徒たちは口々に思い出を語り始めた。
そしてその最後には、ちゃんと全員が未来に向かって前へ進めている――という事に気が付いたのだった。
「そうだ! じゃあ最後の日に、またみんなで集まろう。それが本当の卒業だな!」
暁がそう言うと、生徒たちは「はい!」と笑顔で答えたのだった。
その日の晩、女子たちは遅くまで女子会をし、男子はわいわいと楽しく語り明かしたという。
翌日、集まっていた卒業生たちはそれぞれの住まいへと戻って行った。
「また、みんなで集まれるんだな」
暁はグラウンドを見つめてそう呟いた。
「その時は、私もレクリエーションに参加させてくださいね?」
奏多は暁の顔を覗き込みながら、笑顔でそう言った。
「今回でレクリエーションは最後って決めていたからな~。奏多には卒業ソングをみんなに披露するという大役をまかせよう!」
そう言って暁がニッと笑うと、奏多はやれやれと言った顔をする。
「もう……わかりました。その大役、お引き受けいたしましょう。でも、その日までにまだまだやることは山積みですよ?」
「ああ、そうだったな……」
そう言って遠い目をする暁。
学校の創設までに、手続き関係の書類の作成とか建物のレイアウトを考えたりとか……そんな諸々のことが残っていたんだっけ――
そんなことを思いながら、暁はため息を吐いた。
「うふふ。これからが本当に楽しみですね、暁先生?」
「はは。懐かしいな、奏多から先生って呼ばれるのは」
「あら、それではこれからはそのようにお呼びしましょうか?」
「え……それはなんか嫌だな」
「うふふ、冗談です! ……暁さん、これからも一緒に頑張っていきましょうね」
「おう」
そして暁と奏多は微笑みあったのだった。
それから2年の月日が流れ、暁たちは施設を出る日となった。
職員室にて――
暁は職員室(この日までに職員室にあった机や棚類などは撤去されていたため、職員室とは名ばかりの少し広い教室になっていた)をぐるりと見渡していた。
「今日でここともお別れか……」
そんなことをふと呟く暁。それから腕時計にふと視線を移すと、約束の時間が迫っていることに気が付く。
「あ、そろそろ行かないとな」
暁はそう言って職員室を出て、生徒たちが待つ教室へと向かった。
廊下を歩きながら、暁は思い出に浸っていた。
初めて施設に来た日の事。そして生徒たちとぶつかりながら、絆を深めていったこと。
「いろいろあったな……でも、あっという間だった」
そして教室に着いた暁は、その扉の前で足を止め、大きく深呼吸をした。
ああ、そういえば。初日もここで一旦止まって、深呼吸をしたっけ――
そんなことを思い出し、くすっと笑う暁。
そしてゆっくりと扉に手を掛けて、それを左に引いた。それからゆっくりと足を前に出し、教室の中へと進む。
「お待たせ」
暁はそう言って教壇に立つと、施設で過ごしていたほとんどの生徒たちが席についていた。
全員集合は叶わなかったけど、それでもこうしてまた集まってくれた生徒たちには感謝しかないよ――
「みんな。今日はありがとな、忙しいのに来てくれて」
暁がそう言うと、
「ふふっ。僕はそうしたいから、そうしただけだよ。先生もいつも言っていたでしょ? 自分の今やるべきこと、やりたいことをするんだって」
キリヤは笑顔でそう答え、他の生徒たちは頷いた。
「あはは。そうだったな」
俺の想いが、少しでもみんなに届いていたってことなのかもしれないな――
そう思いながら、頭の後ろを掻く暁。
「それで、卒業ってことだけど……何すんの?」
いろはが首を傾げてそう言うと、
「実は特に考えてないんだ。本当にみんなが来るなんて、思ってなかったからさ」
暁は困った顔をしてそう言った。
本当はいろいろあって準備できなかった……とは言えないよな――
「何それ!? ま、それもセンセーらしいっちゃ、らしいか! あはは!!」
それから暁は思い出したかのようにポンっと手を打つと、
「あ、でも一つだけ準備してきたことがあるぞ! 奏多!!」
ニッと笑いながら奏多にそう言った。
「はい! いつ声を掛けてくれるのかと思っておりました!」
奏多はそう言って席から立ち上がり、バイオリンをケースから取り出すと、暁の隣まで歩いていった。
「あはは、すまんすまん。でも、忘れるわけないだろ?」
それから奏多は暁に微笑んでから「ごほん」と咳ばらいをすると、
「本日は皆様のために、卒業ソングをご用意いたしました!! それでは、お聴きください――」
そう言って奏多は演奏を始める。
いつものように幸せな音色を紡ぎ出す奏多。
そして全員がその音色に聴き惚れ、とても穏やかな顔をしていた。
暁はそんな生徒たちを見ながら、これからみんなはどんな未来を創っていくのだろう――と思い、心を躍らせていたのだった。
そして奏多の演奏が終わり、拍手が鳴りやんだ後、暁たちは教室を後にした。
――エントランスゲート前。
認証システムが停止したゲートは、簡単に外へ出入りできるようになっていた。
そして生徒たちは思い出を口にしながら、そのゲートを一人ずつ出て行く。
「最後は先生だよ!」
キリヤにそう言われた暁は一度、建物の方を向き、
「ありがとう……」
そう呟いてからゲートを出たのだった。そして、
「先生、お疲れ様でした! 今まで本当にありがとう!!」
ゲートを出た暁へ生徒たちからそんな言葉が贈られた。
その言葉に暁は涙ぐんで、
「ああ。俺の方こそ、みんなありがとな!」
笑いながらそう答えたのだった。
ここへ来て数年、俺はここでたくさんの出会いと別れ、そして成長を経験した。
何度も自分の能力を恨んだこともあったけれど、きっとこの力がなければ、今この瞬間は訪れなかったのかもしれない。
ここで得たものは、また新たな未来を創るための力に変える。そしてこの先の子供たちの心を育て、また未来へ繋げていくんだ。そのために俺は教師になったのだから。
そう。俺はここからまた、新たな一歩を踏み出していく――
「先生、またね~」
そう言って生徒たちはそれぞれの場所へと戻って行った。
「おう! 気をつけてな!!」
暁は大きく手を振りながら、笑顔で生徒たちを見送った。
「それじゃあ、私達も帰りましょうか」
「そうだな!」
それから水蓮を間に挟んで、手を繋ぎながら暁たちは3人並んで歩き出す。
「スイ、今夜はから揚げがいいなあ」
「じゃあ俺が最高のから揚げを用意してやるからな! 楽しみにしているんだぞ?」
暁は水蓮の顔を見ながら、そう言った。
「わーい!! ミケさんもおいしい鰹節、用意してもらおうね」
「にゃーん」
ペット用のケースに入ったミケは嬉しそうにそう鳴いた。
「うふふ。では私も夕飯のお手伝いをしますね」
そして暁も、家族と共に帰るべき場所へと帰って行ったのだった。
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