第78話ー④ 夜空にきらめく星を目指して

 織姫は自室に戻ると、そのままベッドに寝転んだ。


「なんだか疲れましたね……」


 そして唐突に振動するスマホ。


 またお母様でしょうか――


 そう思いながら、嫌々身体を起こして、発信主を確認する織姫。


「今度は弦太ですか」


 ため息交じりにそう呟き、織姫はその着信に応じた。


「はい」

『織姫!? ねえ婚約のこと、聞いてる?』


 まくしたてながらそう言う弦太に、織姫は眉をひそめる。


「ええ、聞いています。それが何か」

『何かって……織姫はそれでいいの? 納得したのって思って』


 弦太も嫌味ですか。みんなみんな、何なのでしょう――


『織姫……?』

「お父様とお母様が決めたことです。私から何かを言うつもりはありません」


 織姫は投げやりになりながらそう答えた。


『…………そんなことで織姫と婚約できても、僕は嬉しくもなんともないよ』

「あなたが嬉しいかどうかなんて関係ないことでしょ。親同士が決めたことなんだから」

『僕の人生は僕が決める! 両親になんて決めてもらいたくなんだよ! 織姫だって、本当はそうなんでしょ?』


 弦太のその問いに、織姫は唇を噛む。


 そうだって言えたら、こんなに悩んでいないのに! 勝手よ……みんな勝手だわ!! 私だってそうできたらいいのに。でも私は……私にはできない――



『聞いてる、織姫?』


「うるさいのよ……あなたは良いわよね! 男に生まれて、みんなに後を継ぐことを期待されて育って!! 有能だ、将来が楽しみだって、みんなあなたに期待して……」


『織姫?』


「私はずっとあなたと比べられてきたの! 女だから後継ぎにはなれないと、どれだけ頑張っても滑稽だって笑われて……私のことを何も知らないくせに! みんなみんな勝手なことばかり言わないでよ!!」


『ごめん、織姫……君がそんなことで悩んでいたなんて知らなくて――』


「そんなこと……?」


『あ、ごめん! そう言う事じゃ』



 そうですか。弦太にとって、私の悩みはそんな大したことではない、と――


「そう、あなたも私のことを馬鹿にしていたのね。女は黙って男の後ろについてこいって? ええ、言われなくてもそうしますよ。みんながお望みならね」

『違う、そうじゃないんだって!』


 違う? 何が違うって言うの――?


「これ以上、話すことはありません。今度会う時は顔合わせの時でしょうか。さようなら、未来の旦那様」

『おり――』


 通話を終えた織姫はスマホを机に置き、そしてベッドに顔をうずめた。


 弦太は違うと思っていたのかもしれない。でも、結局弦太もみんなと一緒。私が女だから、結局は本星崎家の後を継ぐなんてことを考えてなんていなかった――


「私は自分一人じゃ、光を放つこともできないんだ……結局、私は誰の目のも止まらない7等星なんだ……」


 そして織姫は今日もまた涙を流す。孤独で寂しい涙を。



 * * *



 神宮寺家にて――


 広いダイニングテーブルで弦太は奏多と夕食を摂っていた。


「はあ……」

「弦太。それって何度目のため息ですか」


 奏多はそう言って困った顔をしながら弦太を見つめる。


「あ、ごめん姉さん。……はあ」

「……そのため息の原因は婚約の件ですか」

「まあね」

「嬉しくないのですか? 相手は織姫なのでしょう?」


 首を傾げながらそう問う奏多。


「嬉しくないわけないよ! ――でも、織姫は僕との婚約を望んでいるわけじゃないから」

「それで弦太は親同士が決めた婚約に納得いっていないわけですね」

「そう。だって織姫は本星崎家の後を継ぎたいって思っているわけでしょ。僕と婚約したら後継ぎはおろか、本星崎家だって……」


 弦太はそう言いながら暗い表情をする。


「そうですね。確か今回の婚約は、本星崎家からの申し入れでしたよね? 経営が傾いてきて、後継ぎもいない……だから神宮寺家の傘下に入るために織姫を神宮寺家へってことですよね」


 自分たちの利益のために、子供を良いように使う……それはまるで――


「まるで、親の道具にされているみたいだよね」

「弦太。それは思っていても言ってはいけない言葉ですよ」


 奏多は弦太の顔をまっすぐに見てそう言った。


「あ、はい。すみません」


 こういう時の姉さんは本当に怖い――


 そう思いながら、奏多の目を見つめる。


「まあそう思うのも仕方がないかもしれませんね。私も同じような理由で勝手に婚約者なんて決められたら、猛反対して恋人と駆け落ちしてしまうかもしれません」

「それは、愛の深さにもよるんだろうけど……」


 姉さんは暁兄さんのことを好きすぎるから、駆け落ちなんて発想が出るんだよ――


 そう思いながらあきれ顔になる弦太。


「それは置いておいて……弦太がため息を吐いていても状況は何も変わらないのではってことですね」

「そうだよね……うん。僕も僕なりに行動してみる! それで織姫が僕じゃなきゃダメだって思った時、僕はこの婚約を受け入れることにするよ」


 そう言って弦太は微笑んだ。


「うふふ。頑張りなさい。私は応援していますからね」

「ありがとう、姉さん」


 それから弦太と奏多は夕食を終えて、それぞれの部屋に戻って行ったのだった。



 * * *



 奏多の部屋――


「少し無粋だという事はわかっているんですが……でも一応、暁さんには報告を」


 そして奏多は暁に電話を掛けると、


『もしもし? どうしたんだ、奏多?』


 暁がいつもの調子で電話に応じた。


「ええ、実は――」


 奏多は暁へ織姫と弦太との婚約の話をした。


『そうだったんだな』

「ええ。織姫の様子はどうかなと思って……」

『そういえば、今日はぼーっとすることが多かったな。ああそれと、狂司に何か言われているみたいだったな』


 狂司……ああ、暁さんを誘拐したあの子、ですか――


「やはり、その狂司さんは問題のある子なんでしょうか」

『うーん。そういうわけじゃないんだ……だから心配しなくても大丈夫だよ』

「わかり、ました」


 暁さんもこう言っていますし、今はその言葉を信じましょう――


 そう思いながら、奏多は小さく頷く。


『とりあえず俺も織姫と話をしてみるよ! もちろん奏多から聞いたことは内緒にするから』

「お気遣いありがとうございます。宜しくお願いしますね」

『おう!』


 それから通話を終える奏多。


「今は暁さんに任せておけば、安心ですね」


 そして奏多はいつもの夜を過ごしたのだった。

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