第78話ー③ 夜空にきらめく星を目指して
授業が始まり、織姫は自身のノルマを進めていた。
弦太と、私が婚約――
織姫はそんなことを思い、ぼーっとして手が止まっていた。
そして自分の手が止まっていることに気が付くたび、織姫は首を振り、ノルマを再開していた。
それからあっという間に午前の授業が終わり、昼食のために食堂を訪れた織姫。
「はあ」
これじゃ、今日のノルマが――
織姫はそう思い、深い溜息を再び吐いた。
「今日は本当に溜息が多いですね」
そう言って狂司は織姫の正面に座る。
「……何か用ですか。嫌味でも言いに来たんですか」
「そんな悪趣味ないですし、それに僕がいつも嫌味を言っているかのような言い方はやめてください」
狂司はそう言って笑った。
「いつも言っていますからね。自覚ないんですか。可哀そうに」
早口で淡々とそう告げる織姫。
「あははは! そうだったかな?」
その笑い……自覚ありですか。やはり最低な人です――
「それで何なんですか。用がないなら、どこかへ行っていただけません?」
織姫が睨みながら狂司へそう言うと、
「用があるからここに座ったんですよ」
狂司は含みある笑いをしながらそう言った。
「え……?」
烏丸君が私に用事って、何なんでしょう――
そう思い、きょとんとする織姫。
「何かあったんでしょう。授業中、何回も手を止めてましたよね。それで気が付くたびに首を振って……剛君じゃ、気が付かないかもしれないけど、僕はそういうの気になるんです」
「……もしかして、心配してくれているのですか?」
「まあ、クラスメイトですし。当然ですよね」
そう言って微笑む狂司。
なんだ……意外と良いところもあるんですね――
そう思って狂司を見る織姫。そしてゆっくりと口を開いた。
「……朝、聞いていたでしょ。婚約が決まったんです。しかも負けたくないって思っていた人とのね」
「そうですか」
「……それで私は、本星崎家を継ぐために頑張って来たのに、それが水の泡になるのかと思ったら、なんだか無力に感じてしまって……結局、女は後継ぎにはなれないし、どこかへ嫁ぐしかないんだなって」
そう言って俯く織姫。
「ふーん」
興味がなさそうな声でそう返答する狂司。
それから織姫は勢いよく顔を上げると、
「聞くっていう割には、対応が覚めていませんか? ちゃんと聞いているんですか??」
そう言って狂司を睨んだ。
「あはは! すみません。でも……それって従わないといけないものなのかなって思って」
「……そうよ。お父様とお母様の決定は、絶対なんだから」
お父様とお母様に逆らうなんて、私には――
そう思いながら、織姫は狂司から目をそらす。
「ここからは僕の見解なので、まあ参考程度に聞いていてください」
「ええ」
「親の敷いたレールの上を、織姫さんは走りたいのですね」
「……え」
はっとした織姫は、狂司の方を見る。
「いえ、話を要約するとおそらくそう言う事なんじゃないかなと思って。親がこうしなさいって決めたことに従っているわけですよね。だから嫌々婚約も認めた。でもそれって抗えないものですか? 織姫さん自身がそれを拒みましたか? どうせ両親が決めたことだからと、そのまま受け入れたんじゃないですか」
狂司は淡々と織姫にそう言った。
「そ、それは……」
ぐうの音も出ない言葉だった。彼の言う事はすべて当たっていて、私は両親から言われたことしかやってこなかったんだ。そんなことに今更、気が付くなんて――
「それじゃ、後継ぎにしてもらえないのは当然ですよね。自発的に行動もできない、人に言われてそれで良しとする。そんな後継ぎじゃ、大切に育ててきた事業を潰されかねない……もしかしたらそう思っているってこともあるんじゃないですか」
狂司は織姫の目をまっすぐに見て、そう告げる。
「じゃあ、私はどうしたら――」
「また、人に頼るんですか」
「え……」
「自分で何とかしようとせず、誰かに決断を委ねるのですか」
「私はそんな……」
そんなつもり、ないのに。でも、自分の出した答えが間違っていたら……そう思うと、答えを出せないだけ――
そして顔を背ける織姫。
「……これ以上言うと、また嫌味な奴と思われそうなので、このくらいにしておきますよ。ただ、自分の進む路くらいは自分で決めてくださいね。少なくとも僕は、そうしています」
そう言って狂司は冷めてしまった昼食を摂り始める。
わかってる……そんなことはわかっているはずなのに――
それから織姫も黙々と昼食を摂り始めたのだった。
そして授業後――
「何とか時間内には終わりましたね……」
織姫はそう呟きながら、廊下を歩いていた。
「はあ……ってまた私」
そして先ほど狂司から言われたことを思い出す織姫。
「また人に頼るんですか、か……烏丸君の言っていることは間違いじゃないですね」
かつては自分らしく生きていくとそう誓った織姫だった。しかし実際は両親の言っていることに逆らえず、諦めようとしているだけの自分なんだと肩を落としてそう思う。
「はあ……部屋で読書でもしましょう」
そして織姫は自室に戻ったのだった。
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