第76話ー④ 結び

 ――織姫の自室。


 水蓮とのお風呂を終えた織姫は自室で日課の読書をしていた。


 織姫が読んでいる本は某人気カフェの経営者が書いたビジネス書。そしてそこに書いてある内容を織姫は一つ一つ解釈しながら読んでいた。


「押し付けるのではなく、やりたいと思ってもらえるように行動すべし、か……なるほどです」


 そして振動する織姫のスマホ。


「……弦太ですか」


 嫌そうな顔をする織姫だったが、おそらく先ほどの件だろうと思い、仕方なく電話に応じた。


「はい」

『こんばんは、織姫! 元気だった?』

「さっき会話したばかりでしょう? それで? わざわざ電話をしてきたということは、何か成果があったんでしょうね?」

『ああ、うん。そうなんだけど……』


 歯切れの悪い言い方をする弦太に首をかしげる織姫。


「どうしたんです?」

『姉さんが今一番欲しいものがね――』



 * * *



『――でも今の私が、暁さんから唯一欲しいものは『契りの指輪』ですね』

『え、それって……』

『うふふ。もう子供じゃない弦太にはわかりますよね?』


 そう言って頬を赤らめて奏多は微笑んだ。



 * * *



『――ってさ』


 弦太は先ほどの彼方との会話の一部始終を織姫に告げた。


「そ、それって――」

『そう。婚約指輪』


 奏多ちゃんが、もうそんなことまで考えていたなんて――


『織姫? 大丈夫??』

「大丈夫です。しかしそれが本当だとして、あの人にその覚悟があるんでしょうか」


 最近はなんだか仕事でずっと忙しそうにしているし、水蓮ちゃんのお世話もあって、そんなことを考える余裕なんて――


 そんなことを思う織姫。


『大丈夫だよ。きっと暁先生なら』

「なぜ、そう言い切れるのですか?」


 あの人のことを何も知らない、あなたが――


 そして弦太は織姫のその問いに、


『男の勘、かな!』


 と楽しそうに答えた。


 そうだった。弦太はそう言う人間だったんだ。『なんとなく』とか『感情に任せて』とか、そうやっていつもうまくやって退ける――


「……その勘がどれほど当たるかはさておき、とりあえず奏多ちゃんのほしいものはわかりました」

『うん! 織姫のお役に立てて光栄だよ!!』


 嬉しそうにそう言う弦太。


「だから……えっと、その……協力、あ……」

『あ?』

「あ……あり、がとう! じゃあおやすみなさい!!」

『うん。おやすみ。先生たち、うまくいくといいね』

「ええ」


 そして通話を終えた織姫。


「上手くいくのかな……」


 織姫は暗くなったスマホの画面を見つめて、ぽつりとそう呟いたのだった。




 翌日、食堂にて――


「おはようございますう☆」

「おはようございます。凛子さんだけですか?」

「はい! たぶんまだ水蓮ちゃんが目を覚ましていないんじゃないですかあ」

「ああ、そうかもしれませんね」


 それから織姫は食べ物の並ぶカウンターからバランスの良い食事を取り、凛子の正面に座った。


 そして織姫が朝食を摂り始めて数分後、続々と生徒たちが食堂に集まってくる。


 ――こんな場所で昨日弦太から聞いたことは言えないですよね。


 食堂を見渡しながら、織姫はそう思っていた。


 それからしばらくすると、水蓮を連れて暁が食堂にやってきた。


「みんな、おはよう!」

「おはようございます~」


 暁と水蓮がそう言って、他の生徒たちも各々で挨拶を交わしていた。もちろん織姫も。


 とりあえず授業のあと、職員室で伝えるとしましょう――


 そう思った織姫は優雅に朝食を済ませたのだった。




 授業後、織姫は職員室へと向かった。


「織姫? 珍しいな、どうしたんだ?」


 突然、職員室に来た織姫に少しだけ驚いた様子の暁。


「あの……えっと。昨日の奏多ちゃんの件で……」

「もしかして、もう聞いてくれたのか!? 助かるよ!!」


 暁は笑顔でそう告げる。


 もし、今の奏多ちゃんがほしいものを伝えたら、この人は……暁先生はどんな顔をするのだろう。困らせるかな。それとも喜ぶのかな――


 そんなことを思いながら、織姫は暁の顔を見つめていた。


「お、織姫?」


 心配そうな顔でそう言う暁。


「あ、すみません。それで奏多ちゃんのほしいものなんですが」

「おう!」

「こ……」

「こ?」


 言わなくちゃ。だって、せっかく弦太に聞いてもらったんだもの――


 そして織姫は俯き、


「婚約指輪、だそうです」


 静かにそう告げた。


「……」


 今、先生はどんな顔をしているんだろう。私は、見れない……ううん。見たくないのかも――


 そして織姫はそのまま職員室を出た。


「あとは、先生がどうするか……私は、ただ結果を待つだけね」


 織姫はそう呟き、職員室を後にしたのだった。

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