第76話ー③ 結び
神宮寺家、弦太の部屋――
夕食を終えた弦太は、明日の授業のためにカバンの整理をしていた。
「明日は確か、数学の小テストが――」
すると突然スマホが振動し、弦太はその方へ視線を向ける。
「誰からだろう?」
そう呟き、振動するスマホを手に取る弦太。
――着信 織姫♡
「え!? お、織姫から!? 僕に?? え!? えええ!?」
滅多にないというより、初めての織姫からの着信に驚愕する弦太。
「って、早く出ないと切れちゃう! ……もしもし織姫?」
『遅い!! 遅すぎよ!! あなた、仮にも神宮寺家を背負う立場でしょ? ビジネスの世界では時間が命。そんなこと、わからないはずないですよね??』
開口一番、弦太に怒鳴りつける織姫。
それって、僕が出るのを心待ちにいてくれたってことだよね!? なんて、健気なんだ――!
弦太は怒鳴られつつ、織姫に対しそんなことを思っていた。
『ちょっと、ちゃんと聞いているの?』
「もちろん聞いているよ! いやあ。でも、まさか織姫から僕に連絡があるんなんてさ! もうその嬉しさのあまり、動揺しちゃったんだよ! その声、本当に織姫なんだね!! 今日もすっごく可愛い声だ!!」
『ああ、鬱陶しい……』
ため息交じりにそう言う織姫。
「ははは! それで、今日はどうしたの? わざわざ僕に電話してくるなんて、初めてじゃない?」
『きっとこれが、最初で最後の電話よ』
「そんなこと言わずに、毎日かけてくれていいんだよ?」
『どうしてあなたはそんなにめんどくさいのよ!』
「えへへへ」
『ああ、もう……今日はそんな話をするために電話をしたわけじゃないんですから!!』
「ごめん、ごめん! それで?」
弦太がそう問うと、
『えっと……奏多ちゃんが今、何が欲しいのかを、あなたに調べてもらいたくて……』
織姫はもじもじしながらそう言った。
「え……」
それって、織姫が僕に頼みごとを? 僕を頼っているってことなんじゃ――
『ちょっと、聞いていますか?』
「聞いてるよ! もちろん聞いてる!! 僕が織姫の言葉を、一文字たりとも聞き逃すはずないから!!」
『相変わらずわけが分からない上に、気持ち悪いことこの上ないですね』
「お褒めにあずかり光栄です!」
『褒めていません、けなしています』
淡々とそう答える織姫。
「えー」
弦太は口をとがらせてそう答えた。
『それで! どうなんです? 調べられそうですか?』
「うん! それは大丈夫だよ!! でも、なんで? 姉さんの誕生日なんてまだまだ先なのに」
弦太からのその言葉に沈黙する織姫。
「織姫?」
『……私が、渡すわけじゃないんですよ』
「え? そうなの??」
『はい……』
織姫本人が渡すわけじゃないのに、わざわざ僕に聞いて来るってことは――
そして何かを察する弦太。
「お兄さ……暁先生に頼まれたんでしょ?」
『ええ』
「やっぱりね」
弦太はS級施設に行ったとき、織姫が暁のことを気に入ってるんだろうなという事をなんとなくわかっていた。
つまり織姫は先生のために、何かしてあげたいって考えたんだろうな。織姫はやっぱりいい子だな。憎まれ口を言いつつもなんだかんだで優しくて、周囲の人のことを思って行動出来て……そういうところが好きなんだよね――
「任せて! 僕がしっかりとリサーチするよ! 2人の幸せな顔も見たいし、織姫の喜ぶ顔も見たいからね」
『は、はあ? なぜそこで私の喜ぶ顔が出てくるのよ!』
「ははは! まあまあ!」
『ふんっ! じゃあよろしく頼んだから! ……あ、ありがとう。じゃあさようなら!!』
そう言って電話を切る織姫。
「――ありがとう、か。初めて言ってもらった気がするな」
そう呟き、微笑む弦太。
「おっと、喜びに浸っている場合じゃなかった! 織姫のためにも僕はこの依頼を遂行しなくては」
そして弦太は奏多の部屋に向かった。
――奏多の部屋の前。
「バイオリンの音はしないから、今は大丈夫そうだね」
そして扉をノックしようと手を伸ばしてから、はっとする弦太。
「ちょっと待って。僕は姉さんになんて聞こうとしている?」
それから弦太は扉から手を放し、腕を組んで首をかしげた。
「たぶん僕がストレートに質問しても、姉さんのことだからまともに答えてくれるとは思えない」
そして弦太は自分の姉の面倒くささを改めて実感した。
こういう時はどうする……? きっとビジネスの世界に厄介な取引先はあるだろうな。これは僕の一つの試練なのかもしれない――
「うーん」
弦太はしばらく扉の前で佇んでいた。
相手が自分の聞いてほしいと思っていることを引き出すように誘導するのはどうだろう。姉さんだったら、暁兄さんのことなら嬉しそうに話してくれそうだな――
「よしっ!」
そして弦太は奏多の扉をノックした。
「はーい」
扉の向こうから聞こえてくる奏多の声。
「僕、弦太だけど! ちょっと話いい?」
それから扉が開き、中から奏多が顔を出す。
「どうしました?」
突然部屋に来た弦太に首をかしげながら、奏多はそう尋ねた。
「実は……えっと」
弦太がそう言ってもじもじすると、
「話しにくそうなら、部屋の中で話しましょうか」
奏多は笑顔でそう言った。
「ありがとう、姉さん!」
まずは第一関門クリアだね――そんなことを思いながら、弦太は心の中でガッツポーズをしていたのだった。
それから弦太は部屋の中央にあるソファに腰かける。
「それで。どうしたんですか?」
「実は、姉さんに相談したいことがあってね」
「弦太が私にですか? 珍しいこともあるものですね」
そう言って微笑む奏多。
「そ、そうかな?」
「ええ。だって弦太は大概のことなら一人で解決出来るでしょう? 私やお父様やお母様に頼らなくても。だから珍しいなと思って」
姉さんって、僕にそんなことを思っていたんだな。ちょっと意外――
そんなことを思い、少し嬉しそうに笑う弦太。
「えっと、その悩みって何なんです?」
「あ、ああ。ごめんね! えっと。大切な人に贈り物をしようと思っていてね。何を上げたらいいのかわからなくて……」
「へえ、そうですか」
そう言ってニヤニヤと笑う奏多。
意外と食いつきがいいかも――!
「それでね、女性の立場として教えてほしいんだ。姉さんが大切な人からもらったら嬉しいものが何なのかをさ!」
「そうですね……」
そう言って嬉しそうに考える奏多。
これはもしかしたら、姉さんの欲しいものが聞けるかもしれない! 織姫、待っていて! 僕は必ず織姫に吉報を持っていくから――
そんなことを思いながら、目の前で考え込む姉の姿を見守る弦太。
「私は何をもらっても嬉しいかもしれませんね。大切な人……愛おしい方からいただけるものは、そのすべてが愛おしいですから」
奏多は頬を赤く染めて、そう答えた。
「何をもらっても嬉しい、か……なるほど」
確かにそうだよね。僕だって織姫からもらえるものだったら、インクの出ないペンでも使わなくなったノートでもうれしいしな――
「参考にならなくて、すみません」
「ううん。なんだか大事なことに気づかされたような気がするよ。ありがとう、姉さん」
弦太はそう言ってニコっと微笑んだ。
「ふふふ。……あ! でも今の私が、暁さんから唯一欲しいものは――」
それから弦太は奏多の欲しいものを聞き、驚きと困惑の感情を抱いて部屋を出た。
「これはなかなか……とりあえず、織姫に連絡しよう。どうするかを決めるのはそれからだね」
そして弦太は自分の部屋に戻っていったのだった。
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