第73話ー⑥ デビュー前の

 トイレを出た真一は食堂に戻らず、グランドの大樹の下にいた。


「ここへ来るのもなんだか久しぶりだね」


 そしてふと昔のことを思い出す真一。


 しおんが来る前、授業後はいつもこの場所で1人で過ごしていた真一。それからしおんと出会い、紆余曲折ありつつも一緒に音楽活動をしていくことになった。


 ――あの頃は、まさかCDデビューができるなんて思いもしなかったのにな。


「そういえば、初めて作った曲の歌詞はここで思いついたんだっけ……」


 それから真一は大樹にそっと触れる。


「ずっと見守ってくれてありがとな」


 そう言って真一は大樹に微笑みかけた。


「――やっぱり今でもここが好きなんだな」


 聞こえた声の方を向く真一。そしてそこには剛がいた。


「久しぶりに来たから、ちょっとパワーをもらいに来ただけだよ」

「そうか」

「僕がいつもここにいることを剛は知っていたんだね」

「まあな! それに、俺だけじゃないぞ? 奏多もキリヤも知ってたさ。たぶん他の奴らもな!」


 そう言ってニッと笑う剛。


「そっか」


 僕はそんな頃から1人じゃなかったんだな――


 そう思い、真一は小さく笑った。


「なあ! あとで2人の歌を聞かせてくれよ! 先生から話は聞いてて、動画は何度か見たことあったけど……直接聞いてみたいんだ!!」

「どうしようか……僕たち、こう見えてプロなんだよ? タダってわけじゃな」


 そう言ってうーんと悩む真一。


「はっ!? か、金取るのか!!?」


 そう言って驚く剛。


「ははは! 冗談だよ。たぶんそのつもりでしおんもギターを持ってきたんだろうしね」


 真一は笑いながらそう言った。


「真一が冗談とかいうのかよ! 本気かと思っただろ!!」

「気心知れた家族なんだ、そりゃ冗談の一つも言うでしょ?」

「……え? えええ!? 真一がそんなことを言う日が来るなんて――」


 剛は口元を押さえて、ぶつぶつとそう呟く。


「聞こえてるから。しかもちょっと失礼だし」


 真一はそう言って、ムッとする。


「あ、ああ。悪い! ちょっと……いや。だいぶ驚いてさ」

「久しぶりにあったキリヤにも、同じリアクションされたんだけど」


 ため息交じりにそう言う真一。


「いや、だって驚くだろ!!」


 でも、驚くのも無理はないよね。だって少し前までの僕は、誰のことも信じることができなかったんだからさ――


「まあ、でもさ。さっきのしおん? と何かあったんだろうなってのはわかるぞ。2人共、お互いをすごく信頼し合っているっていうか……大切に思っていることは伝わってるからさ」


 剛がそう言うと、真一は頬を赤らめて、


「も、もう! そういうのいいからっ!!」


 そう言って剛から顔を背けた。


「ははは!」


 それから真一と剛はその場でもう少しだけ会話をしてから、建物の中へ戻って行ったのだった。



 * * *



 食堂にて――


「そういえば真一の奴、やけに遅くないか?」


 しおんが心配そうな顔でそう言うと、


「確かに……どこかで休憩しているんですかねえ」


 凛子は頬杖をつきながら、そう言った。


「真一ならありそうだな。この間もバイトで――」

「しおん? 何か余計なことを言おうとしたよね??」


 真一はそう言って、剛と共に食堂に戻って来た。


「なんだなんだ!? その話、俺も気になるぞ!!」


 剛は目を輝かせてそう言った。


「剛? あとで先生に告げ口して、罰ゲームを用意してもらおうか??」


 そう言ってニコっと微笑む真一。


「わかったって! 怖いから、その嘘くさい笑顔やめろよ!!」

「わかればいいよ。僕も危うく、剛の恥ずかしい昔話をしそうになった」


 やれやれと言った顔でそう言う真一。そんな真一を見て、剛は首をかしげる。


「は? 俺の恥ずかしい昔話なんて」

「確か、キリヤと初めて会った時――」

「うわああああ! わかったって! わかったから!!」


 そうか。この2人は本当に昔馴染みなんだな。じゃあきっと、俺の知らない真一のことをこの人は知っているんだろうな――


 そんなことを思いながら、真一と剛のやり取りを見つめていたしおん。


「あれれ? もしかして、真一君を取られたような気になってます? ぷぷぷ」


 そう言って口に手を当てて笑う凛子。


「うっ。それを言われるとちょっとダメージが……」

「まったく……本当にしおん君って周りが見えない人ですね」


 凛子はため息交じりにそう言った。


 それってどういう意味だ――?


 そう思って首をかしげるしおん。


「うわあ、その顔!! 本当にわからないんですね。まあ自分で気づいてください。もう大人なんだから」

「え? お、おう」


 凛子は俺に何を言いたかったんだ――?


「うーん」


 しおんは腕を組んで唸りながら、考えを巡らせた。


 俺が真一と一緒に過ごした時間は、どれだけ見積もっても剛さんたちとは遠く及ばない。だから仕方がないことだ。俺よりも真一が剛さんたちと強い繋がりがあるように感じることはな――


「しおん? 何をそんなに難しい顔してるの?」


 唸るしおんを心配したのか、真一はそう言ってしおんの顔を覗き込む。


「埋められない時間に対する捉え方、かな」

「は?」


 真一は呆れながら、首をかしげてそう言った。


 それからしおんは、これじゃ真一に余計な心配をかけちゃうな――と思いながら小さく頷く。


「ま、何でもないってことだよ! ほら! 続きやんぞ」

「そうだね」

「じゃあ俺は邪魔しちゃ悪いから、部屋に戻るわ」


 剛はそう言って食堂の出口の方へ歩いていく。


「え? 用があったんじゃないんですか?」


 しおんが剛の背中にそう尋ねると、


「いや。真一が信頼する相棒をもう一度しっかりと見ようと思ってな! じゃあ真一、さっきの件頼んだぞ~」


 そう言って剛は食堂を後にした。


「さっきの件って?」


 しおんは真一の方を見てそう尋ねた。


「ああ、剛が聴きたいんだって。僕たちの歌を」

「いいな! 凱旋ライブといこうぜ!!」

「ああ」


 楽しそうに笑うしおんと真一。そして――


「ほら、しおん君が心配する必要なんてなかったでしょ。だって真一君はいつでもしおん君と音楽をすることしか考えていないんだから」


 しおんの方を見ながら、凛子はそう呟いたのだった。

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