第71話ー⑦ 捕らわれの獣たち 後編

 建物内、廊下――。


 暁と翔は静まり返った廊下を歩いていた。


「……兄さんは何も聞かないの? なんで僕が『アンチドーテ』にいるのかを」


 翔は俯きながらそう言った。


「まあ少し気にはなるけど、でもドクターに助けられたんだろ? それで翔は『アンチドーテ』にいるんだよな」

「え、なんで――?」

「実は、狂司から少しだけ話を聞いていたんだ」


 そう言って暁は翔の方を見て微笑んだ。


「そうなんだ、狂司が……」

「あ! でもこのことは内緒な? 俺も狂司には怒られなくないからさ!」

「生徒に怒られるって……どういう立場の教師なの、兄さんは」


 そう言って翔は笑っていた。


 ああ、なんだか懐かしいな。翔の笑う声も顔も――


「久しぶりに見たな、翔の笑った顔を」

「本当に覚えていたの? だって兄さんと僕が別れたのって、結構前じゃない?」


 首をかしげながらそう言う翔。


「覚えてるって! 兄弟との思い出を忘れるわけないだろ?」

「まあ、そういう事にしておきますか」


 やれやれと言った顔をする翔。


 それから暁は真面目な顔になると、


「……みんな心配してたよ。翔が急にいなくなってからさ」


 呟くようにそう言った。


「そっか……」

「特に美鈴がな。ずっと翔のことを探しているみたいだった」

「姉さんが……? そう、なんだね」

「もう会うつもりはないのか?」


 暁はそう言って翔の方に顔を向けると、


「……僕が合わせる顔なんてないよ。僕だけが、現実から逃げたんだ。みんな、頑張っていたのに」


 悲し気にそう答える翔。


 あの時、俺がSS級になんてならなければ……そうしたら、翔にそんな悲しい顔をさせずに済んだかもしれないのに――


 翔の顔を見て、そう思う暁。


「翔……ごめん。俺がみんなを守ってやれなかったから」

「それは違うよ。たぶん僕は同じ運命を辿っていた。きっと現実から逃げて、そしてドクターに出会う運命だったんだよ」


 そう言う翔のスッキリとした表情を見て、ドクターが翔のことを大切に育ててくれているんだろうなと、暁はそう思ったのだった。


「そうか」

「それに、今が悪いってわけでもないよ? 確かに姉さんや他の兄妹には会えないけどさ、でも僕にはドクターがいるからさ」


 そう言って笑う翔。


 その顔をみた暁は、翔がもう自分とは違う道を進んでいることを察した。


「ああ、わかったよ。翔は翔の信じた未来をいけばいい。俺はそんな翔を応援するからさ!」


 暁はそう言って、歯を見せながらニッと笑った。



「うん。ありがとう、兄さん」


「いいんだよ。兄貴なんて、弟の成長を見守るのが仕事みたいなもんなんだから!」


「あはは。なんかわかる気がするよ。僕もそう思って狂司を兄さんの所に送ったんだからね」


「そうなんだな……じゃあ俺のところですっごい人間になるよう、狂司をしっかり育てるよ!」


「よろしくお願いします、暁先生」


「承りました!」



 そう言って笑いあう暁たち。


「ねえ、そういえば僕たちはどこへ向かっているの? だいぶ上の階まできたみたいだけど?」

「ああ。確か、優香の見立てだと、12階の角部屋に……おお、ここだな」


 そう言って暁はとある部屋の前で立ち止まった。


「ここが、何?」

「入ればわかる」


 そう言って扉を開く暁。


 するとそこには、机の傍で立つ黒服の男と窓際の机に腕を組んで座っている男の姿があった。


「やっぱりここにいたのか」

「あれ、君を呼んだ覚えはないけどなあ」


 そう言って、ニヤリと笑う隼人。


「確かに呼ばれてはいない。でも俺はお前に用があるんだ」

「ほう。やっと僕の作戦に協力する気になったということかな?」


 隼人は不気味な笑顔を崩さずに、そう言った。そして暁は首を横に振って、


「――そんなことは絶対にない。俺はお前の駒にはならないさ!」


 隼人の目をまっすぐに見てそう言った。すると隼人はため息を吐き、視線をしたに向けて、


「じゃあ、交渉決裂か……施設は解体で、S級の子供たちは別の施設に隔離かな。君のせいでね」


 冷酷な声でそう言った。


「そうはさせない! 生徒は俺が守るし、お前からこの世界も守る!! ここでお前の悪事を暴いて、すべてを終わらせてやるさ!!」


 暁がそう言うと、隼人は勢いよく立ち上がった。


「――あはははは! 何を馬鹿なことを! 僕の悪事を暴くだって? まったく、馬鹿も休み休みにしてくれないか? いいか、ここで君が何をしようと、僕が総理大臣としてすべてをもみ消すだけなんだよ!」


 総理大臣として、もみ消す――?


 その言葉に首をかしげる暁。


「本当にこの国のお役所勤めの奴らはほんとにバカだよなあ。だって、ずっと前に僕が本物の総理を殺して、僕がすり替わっていることに気が付かないんだからさ!!」


 今、神楽坂はなんて言った? 確か――


「本物の総理を殺した、だと……?」

「そうさ! ちょっと車に細工をしてやって、それで崖から落としてやったんだ!! もちろん死体は見つからないよ? もう燃やして、山奥に埋めてやったからね!!」

「そんな、ひどいことを――」


 両手で拳を握る暁。


「君たちがここを出るには、僕の息の根を完全に止めてからじゃないとね。中途半端に生かしておくと君たちに未来はないよ? まあ君に人が殺せたら、だけどね!! あはははは!」


 隼人はそう言って高笑いをする。


 確かに、俺には人を殺す覚悟なんて……やっぱり無理なのか――

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