第71話ー② 捕らわれの獣たち 後編

 3時間前、研究所――


「もう5日、か……」


 所長はそう言いながら、不安な表情でコーヒーカップの中を見つめた。


「そうだね」


 そう言って所長の正面に座る篤志は、穏やかにコーヒーを口に運ぶ。


「篤志さんは随分と落ち着いているようだが」

「ははは。慣れ、かな。これくらいの修羅場は何度か経験している」


 篤志は口元を緩ませながらそう言った。


「それは頼もしい限りだね」


 所長はそう言って、コーヒーを一口飲んだ。


「リミットはあと2日か……」

「――チャンスは一度、そしてそれは今日だ」


 篤志は穏やかな笑顔でそう告げる。


「え!? なぜ、それが今日なんだ……?」

「隼人が今日、隔離施設に顔を出すからだよ」

「……? どうしてそう思うんだい?」

「彼のスケジュールで今日の午後から空きがあったんだ。だから彼に会いたいと私が文書を書いて送付した。それで帰ってきた文書がこれだ――」


 そう言って届いた手紙を所長にみせる篤志。


『僕も君に言いたいことがある。久々にゆっくりと話そう』


「これって、罠じゃないか?」


 所長は手紙を見て、目を見張りながらそう言った。


「ああ、だろうな。それがわかって、私もやっている」

「そうか……」


 さすが『アンチドーテ』のドクターだな。味方につけると、こんなにも心強いものか――


 所長はそんなことを思いながら、コーヒーを優雅に飲む篤志を見つめたのだった。


「決行は3時間後。作戦は先日話した通りだ」

「厄介な役回りをすまないな……」


 申し訳なさそうに言う所長。


「いいのさ。それに私達には、そのほうがあっている」

「そんなこと――」

「私達は表舞台から姿を消した人間だ。だから、君たち『グリム』の未来を奪われたくはないんだ」


 そう言ってニコッと微笑む篤志。所長にその笑顔は、少し儚げで寂しそうに映った。


「じゃあ、そういうことだから」


 そう言って立ち上がる篤志。


「そうだ……ご馳走様。とても美味なコーヒーだったね」


 それから篤志は所長室を後にしたのだった。


「あなたはそう言うが、私はあなたと翔君の未来も奪われたくないんだよ」


 所長はそんなことを一人呟き、残りのコーヒーを飲み干した。



 * * *



「話は済みましたか?」


 所長室から出てきた篤志にそう言って駆け寄る翔。


「ああ。今回は翔に負担になってしまいそうだ。すまないね」


 篤志は申し訳なさそうな顔で翔にそう告げた。


「いいんですよ。僕は望んでドクターと共にいる。だからドクターのやりたいことのためなら、僕はなんだってできます」


 ――子にそんなことを言わせてしまうなんて、私は親失格なのかもしれないな。


 そう思い、悲し気な表情をする篤志。


「……ありがとう。じゃあ、行こうか。我々のやるべきことを果たすために」

「はい」


 そして篤志と翔は研究所を後にした。



 * * *



 ――3時間後。


「確か『アンチドーテ』の2人が暴動を起こして、その隙に俺とつばめが建物内に侵入、そして優香たちの奪還と政府の闇を明らかにするって算段だったよな?」

「ああ、そうだ」


 作戦開始前、『グリム』のリーダー、神無月まさきと所長の櫻井は待機している車内でそんな会話をしていた。


「うまくいくといいがな……」

「なんだ、まさき。お前は自信がないのか?」


 神無月の隣に座っていた団子ヘアの女、花咲つばめが神無月そう告げる。


「自信がないわけじゃない。でも『アンチドーテ』を信じられるのかってことだよ」

「それには心配及ばない。きっと彼らは、私達の味方だから」


 笑顔でそう言う所長。


「その根拠は?」

「うーん。私の勘だね! それに私のおすすめコーヒーを篤志さんはおいしいと言っていた。コーヒー愛飲者に、悪い人はいないということだね!」


 所長は満面の笑みでそう告げた。


「いささか不安は残るが……今はその言葉を信じるしかないんだろうな」


 神無月がため息交じりにそう言うと、つばめは神無月の顔を覗き込み、

 

「何かあっても私とまさきなら大丈夫だろう? 2人でどんな困難も乗り越えてきたんだから」


 淡々とそう告げた。


「つばめ……ああ、そうだな! 今回もサクっと終わらせてやろうぜ!」

「ふっ……ようやくいつものまさきだな」

「つばめがつばめでいてくれるから、俺は助かるよ」


 そう言って、歯を見せて笑う神無月。


「おっと、そろそろ定刻だ。じゃあ2人とも、頼んだよ。居場所はゆめか君から逐次連絡がいくはずだからね」


 所長がそう言うと、


「ああ、任せとけ!」


 そう言って神無月とつばめは車を降り、暁たちが捕らわれている建物へと向かっていった。


「頼んだよ、彼らのことを――」


 所長はそう呟き、歩いていく神無月たちを見つめたのだった。

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