第60話ー⑤ おしゃべり猫と石化の少女
水蓮が来てから数日。施設の中は賑やかになっていた。
「真一君、お歌歌って! スイ、真一君の歌が好きなんだあ!」
「うん。わかった。じゃあまた今度ね」
「絶対、絶対だからね! 約束!!」
水蓮はそう言って真一に小指を差し出す。
「うん。約束」
そして真一は水蓮の小指に自分の小指を絡めた。
「俺も水蓮のためにギターを弾いてやるからな!!」
しおんはニコッと微笑んで、水蓮にそう言った。
「うん!」
「ついでに俺も歌っちゃおうかなー」
「しおん君の歌はいいや!」
水蓮がそう言うと、真一は「ぷっ」と噴き出して、顔をそらした。
「っておい! 真一!!」
「あ、でもね! しおん君のギターの音はスイも好きだよ!」
「あ、ありがとな、水蓮……なんだかフォローされたような気がするけど」
そう言って肩を落とすしおん。
「しおん君のここでの立場がどんどん落ちてゆきますねえ。今はもう、先生のお部屋にいる猫さんよりも低いんじゃないですかあ☆ さすが、しおん君です☆」
凛子は半分笑いながら、しおんにそう告げる。
「はあああ? ふざけんなよ、凛子! そんなに低い立場じゃねえ!!」
「はいはい☆」
「あはははは!」
凛子としおんのやり取りを見ていた水蓮は楽しそうに笑っていた。
「平和だな……」
「先生、地味に呟きますなあ」
暁の独り言を聞いた結衣が暁の隣に立ってそう言った。
「だって、こんなに何もない日常っていいなと思ってさ」
「ちょっと前までいろいろとありましたからなあ」
「そうそう。それにもうすぐ結衣たちも卒業だろ? こんな日常は今だけなんだって思うとまたそれはそれで寂しく思うし……」
「そうですね」
楽しい今がずっと続けばいいな――と暁はそんなことを思いながら、目の前で楽しそうに会話をしている生徒たちを見守った。
――その日の晩。
入浴を終え、自室に戻った暁と水蓮。
「ミケさーん? どこー?」
水蓮がそう言うと、ミケはベッドの下からモソモソと現れた。
「にゃーん」
「ミケさんも親心みたいなもんなのかな」
そんなことを呟きながら、暁は戯れている水蓮とミケを見つめていた。
それからいつものようにミケと戯れて疲れて眠ってしまった水蓮。
「今日もたくさん笑って疲れたのかな」
暁はそう言いながら、水蓮の頭を撫でた。
「……マ」
「え?」
水蓮の声が聞こえた気がした暁は水蓮の顔を覗き込んだけれど、水蓮はスヤスヤと眠ったままだった。
「寝言、か」
「会いたいよ……マ、マ」
今度ははっきり聞こえた寝言に暁は悲しい表情になる。
水蓮はまだ5歳。まだ母親が恋しい年ごろなんだろうな――
「水蓮はすごいよ……」
もしも自分が同じ立場になっていたのなら、きっと寂しくて耐えられないかもしれない。そう思うと、水蓮は一人でこの施設に来て、毎日楽しそうに過ごしていることがすごいことだと暁は思ったのだった。
少しでもこの子の親代わりになれたらいいな――と暁はそう思いながら、水蓮を見て微笑んだ。
『ほほう。暁も親心が芽生えてきたみたいだな』
ミケはそう言いながら、水蓮の隣に来て頬ずりをする。
「親心かどうかはわからないけど、能力がきっかけで悲しい思いをするのは俺にもわかるからな……それに、きっと自分の能力のせいでいろんな障害が出るときが来る。その時に俺は俺の力を使って、水蓮を支えたいって思っているよ」
暁はそう言ってミケに微笑んだ。
『ははは。そうか』
「その時はミケさんも助けてくれよ?」
『ああ。わかった』
そして暁の猫と少女との不思議な生活が始まったのだった。
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