第62話ー③ しおんの帰省
「…………」
母は何も言わず、ただ俯いたまま佇んでいた。
その沈黙に耐えかねたしおんは、
「何か言いたいことがあって、部屋に来たんじゃないのか」
母の方を見て、淡々とそう言った。
「……そのつもりだったんだけど、改まって言おうとするとやっぱりダメみたい」
そう言って苦笑いをする母。
俺に何を伝えようとしたんだろうな……でも――
「その気持ちはなんとなくわかる気がする」
「そう」
「じゃあまずは俺から言っていい?」
「うん。何でも聞くよ」
母はそう言ってしおんの方を見た。
真一と出逢って、俺には大切な夢ができた。そしてあやめの想いを知って、俺は前を向こうって思った。だから今度は母さんに――
「その……ごめん、母さん。あの時の俺は、自分が普通だって思ってたから、母さんにあんなひどいことするとは思わなくて」
「え……」
「本当はあの時、すぐに謝るべきだった。それなのに、俺もガキだったから素直に謝れなくてさ……こうすれば、すぐに済むことだったのに……本当にごめん」
しおんはそう言って母に頭を下げた。
そしてそんなしおんを見て、静かに首を振る母。
「しおんは悪くないの。母さんが……私がいけなかった。しおんにひどいことばかり言って……」
「母さん……」
「しおんが自分に似ていたから……だからあたりもきつくなったし、自分を見ているようで嫌だったからあやめの方ばかり見ていたの」
「そうだったんだな」
しおんはそう言って優しく微笑んだ。
「だから、しおんが謝ることなんて何もない。私がもっとちゃんとしていたら、しおんもあやめも傷つかずに済んだのに……だからごめんなさい。今更遅いかもしれないけど、今度はちゃんとしおんの母親になりたいの!!」
母はそう言ってしおんの顔をまっすぐに見た。
そんなことを思ってくれていたのか。それじゃ、ここに来るまで母さんに何を言われるんだろうって不安に思っていた自分が馬鹿みたいじゃないか。でも……それはきっと、母さんも同じだったんだろうな――
「ははは。確かに俺と母さんは似ているのかもな」
そう言って笑うしおん。
「……母さんの気持ちもわかったし、俺も言いたいことを言えた。これでお互い様だな」
「ありがとう、しおん」
ほっとした表情で微笑む母。
「でも、なんで急にそう思ったんだ? 誰かに何か言われた、とか?」
「恥ずかしい話だけど、あやめにね――」
それから母はしおんが家を出る前日、あやめに叱られたことをしおんに話した。
「――『僕を逃げ場にしないでよ! ちゃんと自分やしおんと向き合え』だって。中学生にそんなことを言われちゃうなんてね」
母は笑いながらしおんに告げた。
あやめがそんなことを。そういえば俺が家を出るとき、あやめは俺に何か言ってくれてたっけ……あの時は余裕がなくてちゃんと聞けなかったんだよな――
そして家を出たあの日、あやめに掛けられた言葉を思い返すしおん。
『しおんはしおんだ。他の誰でもない。また一緒にギターを弾ける日を僕はずっとずっと待っているから!!』
あやめは俺のことをずっと待っていたんだよな。やっぱりあいつはすごい。俺一人じゃ、絶対に叶わない相手だ――。
そんなことを思いながら、「ふふ」っと笑うしおん。
「どうしたの?」
「いや、あやめって本当にすごい弟だなって思ってさ。兄として鼻が高いよ」
しおんがそう言うと、母は優しい笑顔をしながら、
「私も母として鼻が高いわよ? それに、しおんのことももちろんそう思ってる」
しおんにそう言った。
母からそんなことを言われると思わなかったしおんは、
「は!? 俺のことも? え!? ど、どの辺を??」
狼狽えながら母にそう言った。
「実はね、しおんたちの歌を聞いたんだ。あやめが出ていた番組を通してね」
あの時の凛子の企画、か――。
「一緒にやってる子……真一くんだっけ? すごく2人で楽しそうに歌うんだなって思ったのと、すごく幸せな気持ちになった」
そう言う母を見て、俺たちの音がちゃんと届いたんだな――としおんは嬉しく思った。
「それでその時に『しおん、すごい!』って思ったのよ? 私と似ているなんて言ったけど、私なんかよりもずっとずっとすごいと思った。だから……私の子でいてくれて、ありがとね。しおん!」
そう言ってしおんに微笑む母。
「そ、そんな、恥ずかしいこと言うなよ! 慣れてないんだから!!」
そう言って俯くしおん。
「うふふ。……今までほめてあげられなくてごめんね。もっと早くに言ってあげればよかったのにね」
母はそう言って悲しげな表情をした。
「しおんにもたくさんたくさん良いところがあるって、やっと気が付いたの。だから、これからはしおんのこともちゃんっといっぱい見るからね! そして、夢の事も応援する!!」
母はそう言って笑った。
そんな母の笑顔を見たしおんは、恥ずかしそうに頬を掻きながら、
「……あ、ありがとう」
と答えたのだった。
「はあ。すっきりした! そうだ!! ギター持ってきたのなら、一曲聴かせてよ。昔おばあちゃんによく聴かせていたでしょう? 私も聴きたい。しおんの音を」
「うん。わかった」
そう言ってしおんはギターを取り出した。
小さい頃、自分の心の支えだった祖母が喜んで聴いてくれたギターの音を、母に聴いてもらえる日が来るなんて――そう思いながらしおんは嬉しくて、恥ずかしい気持ちで満たされる。
そしてしおんはゆっくりと手を動かし、音を奏でた。
「~♪」
真一ほどうまくはない歌を自分のギターの音に乗せ、初めて母のために演奏したしおん。
その心はとても穏やかで幸せな気持ちになっていた。
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