第62話ー④ しおんの帰省

 夕食時。父とあやめが帰宅した。


「兄さん!! おかえりー!!」


 あやめはそう言いながら、しおんに抱き着いた。


「ちょ!? お前、いくつだよ!! くっつくなって、恥ずかしい!!」

「いいじゃん。ずっと会いたかったんだから!」

「は、はあ??」

「あとでたくさん話そう? 僕、兄さんに話したいことがたくさんあるんだ!」


 そう言ってにっこりと微笑むあやめ。


「あ、ああ。わかった」

「やった!!」


 そんな2人のやりとりを見ていた父は、嬉しそうに微笑んでいた。


「昨日からあやめはずっと楽しみにしていたみたいだぞ? 今日は仕事も早めに終わらせて帰ってきたんだよな」

「と、父さん! それは言わなくてもいいでしょ? ほら、早くご飯食べようよ!」

「はいはい」

「そうなのか……」


 あやめが自分のことをそんなに好いてくれていたとは知らなかったしおんは、今まで自分があやめに抱いていた感情に恥ずかしくなった。


 馬鹿にしていたわけじゃない。見下そうと思っていたわけじゃない。本当にずっと俺のことを見ていてくれたんだな。それなのに、俺は――。


「兄さん、どうしたの?」


 じっと自分を見つめて動かないしおんのことを心配するあやめ。


「いや、その……あやめにもいろいろとひどいことをしたなって思って。ごめんな」


 あやめはその言葉に首を振ると、


「ううん。いいんだよ。だって、今、こうして兄さんとちゃんと話せてる。それにこれからもっと仲良くなっていけばいんだから!」


 そう言って微笑んだ。そしてしおんも、


「あやめ……ああ。そうだな!」


 そう言って笑う。


「あ、そうだ! せっかくきたんだから、セッションもしようよ!」

「お! いいな!! あやめと一度やってみたいと思ってたところだ!」

「やった! あ、でも! 真一さんと歌唱力は比べないでよー。僕の憧れで目標のボーカルでもあるんだから!」


 あやめは目を輝かせてそう言った。


 プロのミュージシャンでも真一に対してそういうことを思うんだな――そう思いながらしおんは、


「わかったよ! でもそれ、真一が聞いたらきっと喜ぶ!! だからちゃんと伝えとくな」


 微笑みながらそう言った。


「ほーら! 2人とも!! 話してないでご飯にするわよ!」


 キッチンから顔を覗かせながら、母はそう言った。


「「はーい!」」


 そんな母に元気な声で返すしおんとあやめ。


 それから鳴海家は久々に家族4人で食卓を囲んだのだった。




 夕食と入浴を終えたしおんはギターを持ってあやめの部屋にいた。


「なんだかあやめの部屋に来るのは、すごく久しぶりな気がする」


 そう言いながらあやめの部屋を見渡すしおん。


「実際そうじゃない? 僕が小学校低学年とかそれくらいに来たっきりだと思うよ」


 あやめはそう言いながらギターの準備をしていた。


「そうか……」


 それくらいの時期に、俺はあやめのことを――


 しおんは俯きながら、そんなことを思っていた。


「何、暗い顔してるの? 大好きなギターの前なんだから、そんな顔しないの!!」


 あやめはしおんの顔を覗き込みながらそう言った。


「ははは。そうだな!」

「じゃあ、やろう! 何にする?」

「『ASTERアスター』の曲でいいよ」

「わかった――」


 それからしおんとあやめは1時間ほどセッションをした。


「あやめ、ギターも歌も上手くなったな! ってなんだか生意気な言い方だけどさ」

「本当!? よかった。変わってないって言われるんじゃないかってヒヤヒヤしてたんだから」


 あやめはほっとした顔でそう言った。


「すごく努力していたんだな。ギターのピックガードがめちゃくちゃ削れてる」

「あはは……兄さんのギターに近づきたいし、真一さんの歌にも負けたくないって思ったからね」


 そう言って微笑むあやめ。


 何でもできる天才だと思っていたあやめが陰でこんなに努力をしていたなんて知りもしなかったしおん。


 やっぱりあやめはすごいな――


 そう思ったしおんは、自分もより一層頑張ろうと心の中で決意したのだった。


「じゃあギターはこの辺で……トークタイムだね」

「おう!」

「まずは真一さんとの馴れ初めを詳しく!」

「馴れ初めってなんだよ! 恋人とかじゃねえし!!」

「あはは!」


 それからしおんとあやめは、お互いに今まであったことを話したのだった――。




 ――数時間後。


「ああ、もうこんな時間!? 兄さんと久々に会えて嬉しかったから、つい話こんじゃったね」

「ありがとうな、あやめ。俺も楽しかったよ! でもさ、春からは今よりも会える頻度は増えるんじゃないか? 同じ事務所なんだし」


 しおんはそう言うと、


「そう、だね。それにライバルになるわけだ」


 あやめは挑発的な表情でそう言った。


「おう。負けないからな」

「僕たちだって」


 そう言ってお互いに見つめ合うしおんとあやめ。


「――なんだか不思議だな。まさかあやめとこんな話をする日が来るなんて。俺一人じゃきっと無理だったけど、真一と一緒だとなんだか心強いんだよな」


 しおんはそう言って天井を見つめた。


「見ていてわかるよ。2人の絆の深さがね」

「ははは。そう言ってもらえて嬉しいよ」


 しおんはそう言って微笑んだ。


「あー、もうだめだ。これじゃ、朝になる。この続きはまた明日、だね!」

「おう! それに明日は事務所だもんな!」

「そうだよ? 時間厳守なんだから!」

「じゃあ俺、部屋に戻るわ! 楽しかったよ、あやめ。また明日。おやすみ!」


 そう言ってしおんは立ち上がった。


「おやすみ!」


 それからしおんはあやめの部屋を出たのだった。

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