第50.5話ー② それぞれの休日
結衣は自室のテレビの前で真剣にアニメの観賞をしていた。
『確かに、僕は力を持たずに生まれてきた。それでも師匠が最後に残してくれた力がある! 僕はもう『名無し』なんかじゃない!』
主人公の少年は、強敵への挑戦を前に覚悟を決める場面だった。
『そんな人が授けた言葉に力なんてあるわけがないわ! あなたはどこまで言っても『名無し』でしかないのよ! あなたがいても足手まといなだけ。今すぐ街に戻りなさい!』
碧眼で金色の背中まである長い髪をした少女が、強い口調で主人公にそう言い返す。
『帰らない! 師匠と約束したんだ! 僕はこの世界を正しい方向へ導くって! だから絶対に帰らないっ!!』
『ふん。好きにしたらいいわ。死ぬわよ』
『大丈夫。僕には『奇跡』が宿っているから――』
そして主人公たちは街はずれの洞窟にいる魔物と戦うことになり、主人公に与えられたコトダマ『奇跡』と『勇気』の力によって勝利する。
それから2人は世界中を回る旅へというお話。
「ううう……やっぱりここの旅立ちまでの話は感動ですな」
そう言いながら、涙と鼻水をタオルで拭う結衣。
「前日譚の師匠との日々も好きですが、ヒロインのミュカとの絡みも最高なんですよね……。
無能力だった少年が、『運命』に導かれるように最強の師匠と出逢い、数々の修行をこなしたのちにようやく手に入れた『勇気』と『奇跡』という力。少年はその力を世界中の人の為に使うと決めて旅に出ることになる――。
いや、あらすじ最高すぎかっ!! ああ。誰かと一緒に語らいたい……」
(こんな時にマリアちゃんがいてくれたら――)
結衣はそんなことを不意に思ってしまう。
「マリアちゃんは今、頑張っているんですから、私も今は耐えなければ! 私も頑張るのです!!」
それから結衣はアニメ観賞を続けた。
結衣が連休中にそのアニメを全話視聴したのは言うまでもない事実である。
* * *
しおんの自室。
「――ストップ!! しおん? そこで躓くのは何度目かなあ??」
真一はそう言いながら、しおんに微笑む。
「悪い悪い! ここのリフ、むずいんだよな……」
「じゃあ変える? もっと簡単なコードにしてもいいけど? しおんがそれで納得するならね??」
真一が挑発的にそう言うと、
「絶対に弾けるようにする!! こんなところで立ち止まっていらんねえって!」
しおんはそう言って右手の拳を強く握りしめながら答えた。
「意気込むのは勝手だけど、ちゃんと結果も出してよ」
「おう! もちろんだ!!」
「じゃあもう一回行くよ!!」
――数分後。
「うん。今のはいい感じだった」
「よっしゃ!!」
しおんはそう言って小さくガッツポーズをする。
「もう、初めからそうしてよ」
「ははは!」
「まあ、それがしおんらしさ、か」
「そうそう!」
そう言ってニカっと笑うしおん。
「調子には乗らないでよ?」
「わかってるって! ほら、感覚を忘れないうちにもう一回やろうぜ!」
「そうだね。それに今夜は『
「そうだ! さあ、やるぞお!!」
――それから数時間後。
「今日はこの辺にしとこうか! あまり真一の喉に負担を掛けるわけにもいかないからな」
「ああ、助かるよ」
「そうだ。真一のために、これを用意しておいたんだ」
そう言ってしおんは机に置いてある水筒と手に取ると、真一に渡した。
「何それ? 怪しいんだけど」
「怪しくねえよ!! これは俺お手製のはちみつジンジャードリンクだ! 喉にいいんだぞ?」
「へえ。こんなののレシピ、どこで教わったの?」
「……あ、あやめから」
「そう。じゃあ飲むよ」
そう言って真一はしおんから水筒を横取る。
「は!? ちょっと待て、それってどういう意味だよ!?」
「しおんが作ると不安だけど、それがあやめのレシピなら安心だって話」
「はあ!? まるで俺が料理できないみたいな言い方だな!」
「どうせできないんでしょ?」
「で……きないけど、でもだな!!」
「はいはい。わかったから。コップは? さすがにこのままラッパ飲みは嫌なんだけど」
「ああ、わかったって!! 確か紙コップが……あ、あった。ほら!」
しおんは真一に紙コップを渡した。
「ありがと」
そして真一はその紙コップに水筒の中のドリンクを注ぐ。
「じゃあ行くよ」
そう言ってから真一はゆっくりとその紙コップを傾け、身体の中にドリンクを流し込む。
「ど、どうだ……?」
「……うん。いいね。これなら飲める」
「そうか、良かった。あとであやめにお礼しておかないとな」
そう言って嬉しそうに笑うしおん。
「へえ」
「な、なんだよ!」
「いや、あやめといい感じなんだなと思って」
そう言ってニヤリと笑う真一。
「ま、まあな。今は対等だって思ってるよ。ライバル宣言もしちまったしな」
「そうだったね」
「それに俺たちが目指しているのは世界だ。だから戦う相手は『ASTER』だけじゃなく、もっとその先にいるミュージシャンなんじゃないかって! そう思ったら、あやめに抱いていた嫉妬の感情もなくなったってわけだ」
「ふうん。いいじゃん。先にいるミュージシャンたちがライバルか……世界一になるんだから、それくらいの気概は必要だよね」
「おう!」
「じゃあ敵情視察ってことで、今日のライブは穴が開くくらいしっかりと観ないとね」
「そうだな!!」
それから2人は『ASTER』のライブを配信で楽しんだのだった。
それぞれが過ごした休日。この時間がこれからの生活に大きな意味をもたらすとは誰も知らずにそれぞれがそれぞれの時間を楽しんだのでした。
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