第50話ー② おかえり

 暁は自室で奏多からの連絡を待っていた。


「そろそろ着く頃かな」


 そんなことを考えていると、ピコんとスマホから通知音が聞こえた。


「お! 奏多からだ。……えっと、あと5分ほどで到着します、か」


 暁は奏多からのそのメッセージを見て、笑顔になった。


「そうか。もうすぐ……」


 すぐにでも奏多に会いたかった暁は、一足先にエントランスゲートへ向かい奏多の到着を待つことにした。


 数分後、一台の黒いリムジンがエントランスゲート前に停車する。そしてその中から、暁にとって愛しい女性……ではなく、少年が出てきた。


「え……? 誰だ?」


 そしてその後に奏多が姿を現した。


「あら、先生! わざわざこちらで待っていらしたんですか?」


 奏多はそう言って嬉しそうな顔をしていたが、それを見ても暁はそれどころではなかった。


 あの少年は何者なんだ――と暁は脳内でずっと自分に問いかけ続けた。


「先生?」

「あ、ああ。ごめん。中にどうぞ」


 それから奏多たちを施設の敷地内に通した暁は、奏多の隣にいる少年を見ながら、


「奏多、その……隣にいるのは?」


 そう問いかけると、奏多は急に深刻な顔をする。


「実は、私の婚約者の……」

「え!? 婚約者!?」


 奏多が口にしたその単語に暁は過剰に反応してしまう。


 大企業のご令嬢だからそういう存在がいる可能性はあったけど、まさか本当にいようとは……しかもなんでわざわざ俺の前に現れたんだ?? もしかして結婚するから別れろとか言うつもりなんじゃ――


「お、俺は奏多を渡すつもりはないからな!!」


 暁は奏多の隣にいる少年に宣戦布告をした。


 すると少年は困った顔をして奏多の方を向き、


「ちょっと、姉さん! 三谷さんが本気で勘違いしていますよ! ちゃんと説明してください!!」

「は!? ね、姉さん??」

「ふふふ……すみません、先生。少しいたずらが過ぎましたね! この子は私の弟の弦太げんたです。以前、お話しましたよね?」


 そう言って意地悪な顔をしながら、奏多は楽しそうに笑っていた。


「あ! 織姫の幼馴染って言う!! ああ。なるほど。はあ」


 安心したけど、なんだかどっと疲れが――そう思いながら、深い溜息をつく暁。


 そんな暁を見た奏多の弟の弦太は申し訳ない顔をしながら、


「その……姉がすみません。母に似て、いたずら好きと言いますか……」


 暁にそう言った。


「ああ、それはなんとなくわかっているから、大丈夫だよ。ありがとうな、弦太君」

「理解があるのならよかったです。それでは改めまして。自分は神宮寺弦太じんぐうじげんたと言います。神宮寺家の次期当主候補で現在中学3年生です」


 そう言って弦太は頭を下げた。


「ご丁寧にありがとうございます。自分は三谷暁です。ここで教師をやっています。奏多さんの元担任で――」

「今は交際されているんですよね! 姉から話は伺っております!」

「あははは……」


 暁は弦太にそう言われて照れ隠しで頭をかく。


「でもどうして弦太君が一緒に?」

「ええ。実は社会勉強の一環でS級クラスの施設を見学したいと弦太から要望があって。所長さんに確認したら、認可してくださったので一緒に連れてきました」

「え? 所長が??」


 俺はまた何も聞かされていないぞ?? というか、奏多はなんでそういう時、直接所長にアポを取るんだ!? それにいつ連絡先なんか――。


 そんなことを思いながら、少しだけ所長に嫉妬する暁。


「そんなわけなので、今日は弦太も一緒です! もちろん日帰りなので、なるべく施設側にご迷惑をおかけしないようにはしていますよ」


 そう言って微笑む奏多。


「ありがとう。わかった! えっと、じゃあここで立ち話もなんだから、食堂へ行こうか。織姫が奏多に会えるのをすごく楽しみにしているみたいだったぞ」

「ふふふ。そうでしたか。私も織姫に会えるのは楽しみです! それに――」


 そう言って弦太に顔を向ける奏多。


「ん? それに?」


 暁がそう言って首をかしげると、


「そのうちわかりますから。じゃあ、行きましょうか2人とも」


 と笑って歩き出した。


「そ、そうか」


 それから暁たちは食堂へと向かった。



 * * *



 自室から出てくる織姫。


「確か、奏多ちゃんが来たら食堂に連れて行くってあの人が言っていたはず。先に食堂で紅茶を嗜みながら、大人になった私をアピールしておきましょう」


 そう言って食堂を目指して歩き出す織姫。そしてその顔はいつもは見せない満面の笑みだった。


 奏多ちゃんに会える――その気持ちがその笑顔を作っていたに違いない。


 織姫が心を弾ませながら到着した食堂はまだ誰もいなくて閑散としていた。


「さあ、ティーカップはっと……」


 そう言いながらキッチンスペースへと姿を消した。

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