第44話ー⑥ 変わらない関係

 施設に着いた暁とまゆおは、それぞれの部屋に戻っていった。


 そして暁は職員室に戻る途中でマリアと結衣に出会う。


「先生! どうだった?」

「……状況は最悪、だな」


 暁は俯きながら、マリアと結衣にそう告げた。


「そんな」

「まゆお殿が心配ですな」


 マリアと結衣は不安な表情で暁を見つめる。



「ああ。今のままじゃ、まゆおもどうなるかわからない。でも今の俺には何もできなくて。……こんな時、いろはならどうするんだろうな」


「たぶんいろはなら、めげずに励まし続けるんだと思う。しつこく付きまとって、自然に笑顔にさせちゃうんだろうね」


「あはは! 確かにそうですな! いろはちゃんなら、そうなるでしょうな!」



 マリアと結衣は互いに見つめ合って笑顔でそう話していた。


 そんな2人を見た暁は、


「そうかもな。うん、俺もめげずに頑張るよ! ありがとうな! マリア、結衣!」


 そう言って微笑んだ。


「いえいえですよ!」

「うん! 私もできる限りのことをやってみる」

「ああ、俺もだ!」


 それから暁はマリアたちと別れて、自室に戻ったのだった。




 車を降りたまゆおは、まっすぐ自室に向かっていた。


 自分のしてしまったこと、そして自分のせいで兄の人生を狂わせてしまったことにまゆおは大きな罪悪感を抱いていたのだった。


「僕、なんで、生まれてきたんだろう」


 まゆおは廊下を歩きながら、そんな独り言をこぼしていた。


「あ……」


 そして正面から歩いて来る真一を見つけるまゆお。


「何、その顔」


 まゆおの顔を見るなり、真一はいきなりそんな言葉を投げかけた。


「……」


 真一の問いにまゆおは黙ったままで何も答えることはなかった


(僕なんかが今の真一君に何かを言うなんて、きっとおこがましいこと、だよね――)


 そう思いながら、真一から視線をそらしたままのまゆお。


「は? なんで無視するわけ?」


 真一は何も答えないまゆおに、怒りの感情を露わにしながらそう言った。


 そんな真一から逃げたいと思ったまゆおは、そのまま通り過ぎようとすると、そのまゆおの右手を真一が掴んだ。


「うっ」


 その力の強さに、まゆおは若干の痛みを感じる。


「答えるまで、行かせない」


 そう言って真一は鋭い視線をまゆおに向ける。


「……僕、なんて、今の君と話す価値が、ないんだ。だから」

「言ってる意味が分からないんだけど」


 真一君の言う通りだ。僕も自分で何を言っているのかわからない。今の僕がなんでこんな気持ちでいるのかもわからないんだから――


「……ごめん」

「何があったのかは知らないけどさ、今のまゆおを見てるとすごく腹が立つんだけど。自分だけが不幸だと思わないでよ」


 そう言って真一は掴んでいた手を離して、どこかへ行ってしまった。


「別に、自分だけが不幸だなんて、思っていないよ。不幸なのは、僕じゃない……僕の、周りの人達だよ」


 そしてまゆおもその場を後にしたのだった。




 暁は職員室の自分の席でボーっと過ごしていた。


「俺もいろはみたいにしつこく付きまとうべきか……でも俺がやっても逆効果か……? うーん」


 暁はそんな独り言をこぼしていた。すると、突然職員室の扉が開く。


「な、なんだ!?」


 暁は扉の方に目を向けると、真一がずかずかと自分の方に向かってくる姿が目に入る。


「真一? どうしたんだ?」


 そして真一は暁の前まで来て、暁の机を思いっきり拳で殴ると、


「いろはと連絡が取りたいっ!」


 勢いよくそう告げた。


 その真一の拳を見て、暁は真一が何かに怒りを感じていることを察した。



「いきなりどうしたんだ!? なんでそんなに怒っているんだよ! それに、なんでいろはの連絡先なんて――」


「さっきまゆおに会ったけど、明らかに様子がおかしい。それを見たら、すごく腹が立ったんだ。それが気に入らない!」


「は、はあ」



 いったい、まゆおと何があったんだ――?


 そんなことを思いながら、真一の顔を見つめる暁。



「だから早くいろはの連絡先を教えてよ! いろはじゃないと、今のまゆおをどうにかできない!」


「ま、まあ落ち着けって!! でもなんで真一がまゆおのことをそんなに気にかけるんだ? 珍しいな」


「は? なんでって……僕も、わからない。でもなんかモヤモヤする。これじゃ、良い歌は歌えないでしょ。そんなのは嫌だ」


「なんか、お前らしい理由だな!」



 そう言って微笑む暁。


「笑ってないで、早くしてよ!」

「ははは! あー、悪い悪い。でもいろはの連絡先は教えられない」

「なんで!? このままじゃ、まゆおがどうなるかわからないんだよ?」


 真一の言う事は一理ある。このままではまゆおは、きっと――暁はそう思いながら、まっすぐに真一を見つめた。


 でもそうさせないために、俺はここにいるんだろ――?


「確かにお前の言う通りだ。だが、無理なものは無理なんだ。だから……この件は俺に任せてほしい」

「え?」

「俺がいろはに連絡を取る。それでどうだ?」


 暁がそう言うと、真一は納得したようで拳を引っ込めた。


「……いいよ。それで。いろはと連絡が取れれば何でもいい」

「おう。ありがとうな、真一」


 暁の言葉にきょとんとする真一。


「は? 何のこと?」

「まゆおのことを心配してくれてるんだろ?」

「べ、別に心配なんてしてないよ!! じゃあ、僕は部屋に戻るから」


 そう言って真一は職員室を出て行った。


「ははは。素直じゃないな。……でも真一はクラスメイトのことをちゃんと大切に思っているんだな」


 暁はそんな真一の想いに触れ、嬉しくなって微笑んだ。


「よし。じゃあさっそく所長に連絡だ。理由が理由だし、きっと何とかしてくれるだろう」


 それから暁は所長に連絡を入れたのだった。

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