第44話ー⑤ 変わらない関係
「三谷さん、着きました」
「ああ、はい。ありがとうございます。まゆお、行こう」
「はい」
車を降りた暁たちを所長とゆめかが迎えた。
「待っていたよ」
「よろしくお願いします」
暁が所長にそう告げると、所長たちは武雄を連れて検査室へと入っていった。
それから暁とまゆおは検査室のソファに腰かけて検査が終わるのを待っていた。
「前にもこんなことがあったな。あの時は、いろはの時だったか」
「……」
暁の問いかけに、まゆおは全く反応がなかった。
「まゆお。あまり自分を責めすぎるなよ。まゆおまで暴走して眠ってしまったら、今度は施設のみんなが悲しむ」
「そう、ですね。すみません」
まゆおはそう言いつつも、やはり声に覇気を感じなかった。
こんなことになるのなら、二人きりにしなければよかったのかもしれない。あの時のまゆおの表情から俺も気が付くべきだったんだ――。
暁はそんなことを思いながら右手の拳を握り、その拳で自分の太ももを叩いた。
今の俺がまゆおにしてあげられることは何なんだろう。どんな言葉も今のまゆおには届かない。肝心な時に何の役にも立てないなんて――。
暁はそう思いながら、目の前で傷ついている生徒に何もしてやれない歯がゆさに打ちのめされていたのだった。
――数分後。検査を終えた所長が検査場から出てきた。
「待たせたね」
所長は真剣な顔でそう告げて、暁たちの前に立った。
その表情から検査の結果が思わしくないことをなんとなく察する暁、そして――
「結果はどうだったんですか?」
暁は恐る恐る所長にそう尋ねた。
「……残念だが、彼の心は完全に崩壊していた」
「そんな……」
所長の言葉に肩を落とす暁。
「そして彼の体内から『ポイズン・アップル』は見つからなかったよ」
暁は所長のその言葉に耳を疑った。
「え……」
「そんなはずは……だって、兄さんは毒リンゴの力って確かに!!」
まゆおは立ち上がり、所長の目の前でそう告げた。
「まゆお! 気持ちはわかるけど、ちょっと落ち着けって」
今にも所長に掴みかかりそうだったまゆおの肩に手を乗せて、暁はそう言った。
(でもまゆおが嘘を言っているとは思えない、おそらくまゆおの兄は確かにそう告げたんだろう。でもなんで見つからないんだ……?)
暁は俯いてまゆおの肩に手を乗せたまま、そう思っていた。
「まゆお君のいう事が本当だったとしても、今回の検査でチップは発見されなかったんだよ」
所長は困った表情でまゆおにそう告げた。
「じゃあなんでまゆおの兄さんは、あんなことに?」
「……すまない。それもわからなかった。役に立てなくて申し訳ない」
そう言って頭を下げる所長。
「仕方ないですよ。『ポイズン・アップル』のことはまだ謎が多いだろうし……」
「……それでなんだが。彼はしばらくここで預かりたい。彼の症例は私達には初めてのことばかりなんだ。まゆお君は嫌かもしれないが、彼からもっといろんなデータを仕入れたいと思っている」
所長は顔を上げて、暁とまゆおにそう告げた。
暁は所長のその言葉に気が動転して、
「それは実験体にするということですか?」
思ったことをそのまま告げた。
「まあそういうことになるだろうね」
所長は淡々と暁に答えた。
「それじゃ、政府の人とやっていることは変わらないじゃないですか!」
暁が所長にそう告げると、所長は真剣な顔で暁の方を向いた。
「そうさ。でもただ協力をしてもらうわけじゃない。これが『ポイズン・アップル』被害者の救うことに繋がるかもしれない。だから私たちはやるんだ」
きっと所長も苦しい決断だったはずだ。今ではなく、未来に可能性を残すための選択、か――。
暁はそう思いながら、所長の顔を見つめた。
「そういうことなら、わかりました……兄さんのことをよろしくお願いします」
俯きながらまゆおはそう言った。
「まゆお……」
「ありがとう、まゆお君」
それから暁たちは施設へと戻ることになったのだった。
――帰りの車の中。まゆおは何も告げることもなく、ぼーっと窓から外を見つめていた。
あんなことがあれば当たり前かもしれないが、まさか自分の兄が実験体にされるなんて、思いもよらなかったことだろう――。
暁はそう思いながら、まゆおの方を向き、
「まゆお、大丈夫か?」
と優しい声でそう告げた。
もっと他の言葉があったかもしれないと暁はそう思いつつ、自分が今掛けられる精一杯の言葉をまゆお伝えた。
「大丈夫、です。あ、ありがとう、ござい、ます……」
「まゆお?」
まゆおの返しに少し違和感を覚える暁。
出会ったばかりの頃のまゆおを思い出すような――?
そしてはっとする暁。
(このままではまゆおは危ないかもしれない――!)
「まゆお! お前のせいじゃないんだ。だから、そんなに自分を責めるなよ!」
暁がそう告げると、まゆおはゆっくりと暁の方に顔を向けて、
「僕の、せいじゃない、はずがないです。僕が……僕のせいで」
そう言って苦しそうな表情をした。
「それは違う!!」
「もう、いいんです。ぼ、僕のことはもう、放っておい、てください」
それからまゆおは暁が何を言っても、答えてくれなかった。
こんな時にいろはがいてくれれば、まゆおはこんなに苦しまなくて済んだのかもしれないのにな――と暁はそう思ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます