第43話ー⑥ 思い出の地へ

 食事を終えた暁たちは、残りの時間をおふくろ食堂で過ごすことにした。


「そういえば、美鈴。今日は大荷物みたいだけど、そのかばんの中身は何なんだ?」

「え? ああ、これね! 実はこれを渡すように、お父さんたちから頼まれてて……」


 そう言って、カバンに手を入れる美鈴。


「頼まれていたって……?」


 暁はそんな美鈴の言葉に首をかしげる。


 そして美鈴はカバンの中から、2通の手紙と細長い箱を取り出した。


「これ、お父さんとお母さんから。お兄ちゃんが帰ってきたときに渡してほしいって言われていたの」


 そう言いながら、美鈴は取り出した箱と手紙をテーブルに並べる。


「父さんと母さんが、俺に?」

「そう! じゃあまずはお母さんの手紙から呼んで」


 美鈴はそう言って、母の手紙を暁の前に差し出した。


「わかった」


 そうして俺はその手紙をあける。


『暁へ。この手紙をあけるころには、きっと母さんはもうこの世にはいないと思います。そうだとしても、自分を責めないでください』


(責めないでって……ははは。母さんは、本当に俺のことをよくわかってるな)


 そして暁は続きを読んだ。


 その中には、暁への謝罪の言葉がつづられていた。


『母らしいことを何もしてあげられなくてごめんね』

『大変な時に助けてあげられなくてごめんね』


(母さんも俺と同じ思いだったんだな)


 そこに書かれている言葉を読みながら、暁はそう思っていた。



『こんな手紙を残すくらいしか母さんはできることがないけれど、最後に聞いてほしいことがあります。母さんは、暁の母さんでよかったって思っています。誰かのためにいつも全力で頑張るあなたのことを私はとても誇りに思います。


 生まれてきてくれてありがとう。私の子供でいてくれてありがとう。これからもあなたらしく、無理のないように頑張ってくださいね。私は天国で見守っています。母より』


「母さん……」



 その手紙を読み終えた時、暁は自分が涙を流していることに気が付いた。


 母に親孝行の一つもできなかったうえに『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の力が覚醒して、しかもSS級になってしまった自分のことでも子供でいてくれてありがとうと言ってくれた母。その母の温かさを暁はその手紙から知ったのだった。


「お兄ちゃん……?」

「ああ、ごめん。なんか、母さんが俺のことをそんな風に思っていたなんて知らなくてさ……」

「お母さんね、最後に言ってたよ。もう一度、お兄ちゃんに会いたかったなって。それくらいお母さんはお兄ちゃんのことを大事に思っていたんだと思う」


 そう言って、笑う美鈴。


「そうなんだな……」

「うん。だからお母さんはお兄ちゃんのことを恨んでなんかいないよ。もちろん、お父さんも」


 そう言って、今度は父からの手紙を暁の前に出す美鈴。


「ちょっと気持ちを整理する時間がほしいのだが……」

「でもお兄ちゃん、時間がないでしょ? それにこの手紙はお兄ちゃん宛なんだから、また帰ってから読み返せばいいと思わない?」

「……そうだな」


 そして暁は父からの手紙を開く。


『暁へ。母さんからの感動的な手紙を読んだ後だろうから、俺が何を書いても薄っぺらくなるだろうと思って、短めに伝える』


 なんだかこの書き出しはとても父さんらしいなと暁はそう思い、くすっと笑った。


『お前にはたくさん苦労を掛けたと思う。本当にすまない。俺は父として、何もしてやれなかったことが心残りだ』


 ――俺も父さんには何もしてあげられなかった。普通に生きて、大人になって働けるようになったら、少しでも父さんを助けてあげられるって思っていたけれど、俺には普通の未来がなかったから――。


(謝らなきゃいけないのは、俺の方なのにな)


 そう思いながら、悲し気な表情をする暁。そしてそのまま手紙を読み続けた。


『ささやかだが、お前にプレゼントを用意したよ。美鈴に預けてあるから、それを受け取ってくれ。お前が教師として働く時に役に立つものになればと思っている。俺にはこれくらいしか父親らしいことができないからな。それじゃ、頑張れよ。父より』


 手紙を読んだ暁は、テーブルに置かれている箱に目を向けた。


「これ、お父さんからの預かり物だよ。開けてみて?」


 美鈴は微笑みながら、暁にそう言った。


「ああ」


 そして暁は箱の包装紙を剥がし、その箱を開けた。


 するとそこには、紺色を基調とした生地にアクセントで橙色のラインの入ったネクタイがあった。


「それね、お父さんが『夜明け』みたいだって言ってた。お兄ちゃんが生まれた日の空に似ているって」

「そうなのか……」


 俺の名前の由来は、俺が生まれた日の朝に見た空がきれいだったからって母さんが前に言っていたな――。


「暁の空、か……」

「うん。お父さんが大好きだった空」


 暁はそのネクタイを胸に抱き、ぎゅっと握りしめる。


「お父さんもお兄ちゃんのことを大事に思っていたんだよ。みんな、お兄ちゃんが大好きだった。それに今でも、きっと」

「ありがとう、美鈴。父さん、母さんも……」


 美鈴はそんな暁を優しい瞳で見つめていた。


 それから暁は美鈴から受け取った手紙とネクタイを大事にカバンへしまった。


「だいぶ長居しちゃったね。そろそろ出ようか」


 美鈴はそう言って立ち上がり、


「そうだな」


 暁もそう言って美鈴に続いた。


 そして暁たちは会計を済ませてからおかみにお礼を告げて、店を後にした。




 駅に向かう道中で暁はふと空を見上げると、星が瞬き始めていることを知った。


「楽しい時間はあっという間だね……」


 美鈴はさみしそうにそう告げる。


「そうだな。……でもまた来るよ。必ずな」

「うん。約束だからね!」


 そう言って、暁の方を向いて微笑む美鈴。


「そう言えば……他の兄妹たちのことを聞いてなかったけど、みんなは元気なのか?」

「あー。うん。えっとね、蓮二れんじかえでは今、大学に通ってる。2人とも勉強を頑張ってね、奨学生として入学したんだ」

「それはすごいな!!」

「でしょ? それで三月みつきは養子に出したんだけど、養子先のご家族とも良好な関係で幸せそうな日々を送っているみたいだよ」

「そうなんだな……それはよかったよ。それで、かけるは?」

「……」


 暁が翔のことを聞いた途端に、美鈴の表情が曇った。


「翔に何かあったのか……?」


 暁は美鈴の表情から、翔に何かあったんだと察した。


「……」


 口を閉ざした美鈴は暁にあえて伝えないつもりだったのかもしれないが、その何かが何なのか……それをはっきりさせたいと暁は思った。


「教えてくれ、美鈴」


 暁が真剣な表情でそう言うと、美鈴はゆっくりと口を開いた。


「……実は行方不明なの。もう2年くらいになるかな。翔も養子に出していたんだけど、その養子先で何かあったみたいで……それで翔が家出をしてそれっきりって」


 その事実を聞き、暁は目を見開いて驚く。


「生きているんだよな……?」

「……たぶん。まだそういう連絡はないから、どこかで生きているとは思う。でも誰からも目撃情報がなくて」


 美鈴はそう言って不安な表情をした。


 でも美鈴のその気持ちはわかる。俺も翔のことは心配だから――。


「俺もできる限りで手掛かりを集めてみるよ。もしかしたら、『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』関連で何か得られることもあるかもしれないから」

「……ありがとう。お願いします」

「ああ。お兄ちゃんに任せとけって!」


 そう言いながら、暁は美鈴に笑いかけたのだった。


 それから暁たちは駅に到着した。


「じゃあ、元気でね、お兄ちゃん。無理はしちゃダメだからね?」

「ああ、わかってるよ。ありがとな、美鈴。美鈴も元気で……璃央にもよろしく」

「うん。また来てね!」


 そして暁たちは別れ、施設のある街に戻るために新幹線に乗りこんだ。


 暁はその新幹線の窓から、瞬く星を眺めつつ、この2日間の思い出に浸っていた。


「あっという間の2日間だったな……楽しかったし、それに会いたい人たちに会えた」


 暁はそんなことを思いつつ、笑っていた。


 でも翔の行方だけは不安だ。今、翔はどこで何をしているのだろう。事件に巻き込まれず、無事に生きているのならいいけれど――


「今度、所長に相談してみようかな」


 そして暁は施設に戻ったのだった。

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