第34話ー② それぞれの気づき

 検査場内。マリアはゆめかと共に能力の測定検査をしていた。


「脳波は正常。心もかなり安定しているようだ。能力値は……」


 ゆめかはモニターに映る結果を見ながら、他の研究員と会話をしている。


 そしてマリアは検査場のベッドに寝転んだまま、ゆめかからの指示を待っているようだった。


 それからスピーカー越しに、ゆめかの声がマリアに伝えられる。


「じゃあマリア君。検査は終了だ。結果が出るまで、待合室で待っていてくれ」

「はい」


 そしてマリアはベッドから起き上がり、検査室を出た。




 検査着から私服に着替えたマリアは、検査場の前にある待合室で待っていた。


「結果、どうなったのかな」


 そう言いながら、マリアは不安な表情を浮かべて天井を見ていた。


 家族を傷つけ、キリヤの心を凍らせるきっかけを生んだその力をマリアはずっと好きになれずにいた。


「この力のせいで、私は家族を……」


 そう思いながら、マリアは自分の身体を抱いた。


 離ればなれに暮らす母や義父が、今どうなっているのかなんてマリアにはわからなかったが、兄のキリヤはマリアの知る昔の優しい姿に戻っている。


「いくらキリヤが元のキリヤに戻っても、私がキリヤの大切な時間を奪ってしまったことに変わりはない……よね」


 そういえば……今みたいに罪悪感を抱いて、キリヤと過ごすことが辛いなって思っていた時期があったっけ――。


 マリアは壁に頭をつけて、「ふう」と息を漏らし、その時のことを思い出していた。


「キリヤはどんな私でも、まっすぐ大きな愛情を注いでくれていた。でも私は、そんなキリヤの愛情を素直に受け取ることができなかったんだっけ。またキリヤを傷つけるんじゃないかって不安に思って……」


 それはマリアが自分に自信を持てずにいた頃のこと――。




 せっかく元に戻ったキリヤが、私のせいでまた冷たく凍り付いてしまうかもしれない――。


 マリアはキリヤが施設に戻って来たあの日から、そう思う日々を送っていた。


 キリヤの笑顔を見るたびに、自分はその笑顔を向けられる資格なんてないのに……とそんなことを思っていたマリア。


 しかしそれから数か月後、マリアに大きな影響を与える存在が現れる。


 ……それがシロという少女との出会い。その出会いはマリアにとっての運命となった。


 シロに出会ってから、マリアの世界が変わり始めた。


「マリアちゃん、大好き! 一緒にいてくれてありがとう」


 そう言って微笑むシロの顔を見て、マリアは自分を受け入れてもらえたように感じていた。私は私でいいんだよ――と。


 自分が受け入れられなかった自分自身をシロが受け入れたことで、マリアは少しずつ自分に自信をつけていった。


 シロが好きと言ってくれる私自身を信じよう――。


 マリアはそう思いようになり、少しずつ自分に向けられる愛情についての考え方が変わっていった。


 それからはキリヤから向けられる愛情を少しずつだけど、受け入れられるようになっていった。


 そしてある日のこと――


「マリア、ありがとう」


 そう言って微笑むキリヤを見たマリアは、その笑顔に罪悪感を抱くことはなく、キリヤの素直な気持ちを受け取ることができたのだった。


 キリヤは優しくてカッコよくて、少し頼りないところはあるけれど、それでもとても大好きな私のお兄ちゃん。私はキリヤからの愛に満たされ、今は楽しい日々を過ごせている――。


 きっと自分は幸せ者なんだ、とマリアは再び天井を眺めてそう思った。


「キリヤからもらったこの愛を、このまま何もせずに無駄にはしたくない」


 マリアは決意を込めて、そう呟いた。


 しかしその愛情を無駄にしない為にはどうすればいいのか、マリアにはまだその方法がわからないままだった。


 シロが施設にいた時、マリアはシロにその愛情を全て注いでいたけれど、でもそのシロはもうマリアの傍にはいない。


「……そういえば、シロは元気にしているかな。家族とうまくやっているといいけど」


 マリアはふとそんなことを思い、シロの顔を思い出していた。


 そしてシロを思い、ボーっとしているマリアの元に、ゆめかが微笑みながらやってきた。


「検査、お疲れさま。これ」


 そう言って、ゆめかはマリアに温かいココアを差し出す。


 そしてその姿がシロと重なって見えるマリア。


「ん? どうしたんだい?」


 ゆめかは自分の顔をじいっと見つめてくるマリアに、首をかしげながらそう言った。


「いえ、何でも……。あの。ココア、ありがとうございます」


 マリアはゆめかからココアを受け取り、両手で包むように持った。


「よいしょっと……」


 そう言ってゆめかは、マリアの隣に座る。


 マリアは隣に座るゆめかを見て、この人に会うのは今日が初めてでじゃないような――と思った。


 どこかで見たことのあるような、そんな懐かしい面影……。でも私はそれを思い出すことができない。もしかしたら、さっきシロのことを考えていたから、私は何か勘違いしているだけかもしれない――。


 マリアがそんなことを考えていると、ゆめかはマリアの方を向いて、


「ココア、飲まないのかい?」


 と開いていないココアの缶に指を差しながら笑顔でそう言った。


「い、いただきます」


 マリアは缶の蓋をあけて、それを口に運ぶ。


「急かしてしまったみたいで、すまないね」


 ゆめかはそう言って、申し訳なさそうな顔をした。


「……大丈夫です。ただどのタイミングで飲んだらいいか、わからなくて」

「あはは! そうか」


 そう言って、楽しそうに微笑むゆめか。


「……そういえば、白銀さんはここでそんな仕事をしているんですか。やっぱり心の研究とか、ですか?」


 マリアがそう問うと、ゆめかは上を向きながら楽しそうに答える。



「心の研究というよりは、子供たちのためになることをすることが仕事なのかもしれないな。マリア君みたいに検査に来る子供たちのヒアリングをしたり、高能力者の親御さんのカウンセリングをしたり。私のおかげで心が軽くなったって言ってもらえると嬉しいからね。


 私は優しい人たちのおかげで今ここにいることができる。だから私がその人たちからもらった愛情を今度は、誰かに渡したいんだ」


「そう、なんですね。そんな愛情の使い方もあるんだ……」



 優しい人たちからもらった愛を、今度は自分が誰かに渡す。なんて素敵なお仕事なんだろう――とマリアはそう思った。


 マリアも自分がたくさんの人たちに支えられて、今まで生きてきたことをわかっていた。だからその人達に何かを返さなくちゃいけないと知らぬ間に思い込んでけれど、与えられた愛情を返す以外の方法もあるということをゆめかの話を聞き、マリアは気づいたのだった。


 私は今までもらった愛情をもっと他の多くの人たちのために使いたい。もしその人たちのために私も何かができるのなら、私もやってみたい――


 そう思ったマリアは、


「あの……私も、できますか。白銀さんみたいに」


 恐る恐るゆめかに尋ねた。


「君が望むなら、もちろんできるさ」


 ゆめかはそう言って、マリアに優しく微笑んだ。


「あの! もっと、お仕事の話を聞いてもいいですか? 検査の結果が出るまででいいので!」

「ああ、もちろん」


 それからマリアは検査結果が出るまでの間、ゆめかから『カウンセラー』についての話をじっくりと聞くことにしたのだった――。

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