第29話ー⑧ 風は吹いている

 職員室を飛び出したキリヤは、再び真一の部屋の前にやってきた。


「どうやってこの扉をあけようか……」


 キリヤはそう呟きながら、目の前にある簡単には開かない扉をどうするか考えを巡らせた。


 さっきみたいに扉に鍵がかかっていなければいいけど、きっと真一のことだから今度は鍵を閉めているだろうな――


「そうだ……能力をうまく使えば、開けられるかも」


 それからキリヤは床に手を当てて、植物の能力を発動する。そして床から伸びた蔦は扉の隙間を通り、閉められていた鍵を開けた。


「よし」


 そしてキリヤは扉を開けて、部屋の中へ入った。それからその部屋の中を見渡すと――さっきと同様に音楽を聴いている真一を見つけたのだった。


 きっとさっきみたいに僕が部屋に入ってきたことなんて気が付いていないんだろうね――


 そんなことを思いつつ、キリヤは真一が寝転ぶベッドに近づき、先ほどと同じように真一のヘッドホンを取り上げた。


「ちょっといい?」


 そのキリヤの声を聞いた真一はとても不機嫌そうな表情をする。


「出ていってよ。キリヤと話すことなんて何もない!」


 真一は声を荒げながら、そう言った。


「真一がなくても、僕はある! 13年前の事故のこと――」


 キリヤのその言葉を聞いた真一は一瞬だけ目を見開き、それから冷静な口調で、


「……知ったんだね、あの事故のこと」


 俯きながらそう言った。



 ***



 13年前の12月25日。この日、キリヤの家では一日遅れのマリアの誕生日パーティとクリスマスパーティをする予定だった。


 空の雲行きは怪しく、この日は天気予報で雪が降ることが発表されていた。


「お父さん、今日は何時に帰ってくるの?」


 出掛けの父に、キリヤはいつもと同じその問いを投げかけた。


「そうだな。今日はマリアの誕生日パーティ兼クリスマスパーティだしな……仕事が終わったら、急いで帰るよ」


 そう言ってキリヤの父はキリヤの頭を撫でながら微笑んだ。


「うん、待ってるからね! 絶対、絶対早く帰ってきてよ!」


 キリヤがそう言うと、


「ああ! バイクをすっ飛ばして帰ってくるから、楽しみに待ってろよ!」


 父は笑顔でそう答えた。


 この時の僕は、まさかもうこの笑顔を見ることがなくなるなんて思ってもみなかったんだ――




 そしてその日の昼過ぎから天気予報通り、外は雪がちらつき始めた。


 キリヤは幼稚園の帰り道に降ってきた雪を見て、テンションが上がっていた。


「わあ! 雪だー!! お母さん、今日はホワイトクリスマスになるね!」


 キリヤはそう言いながら、空に両手を広げる。


「うふふ、そうね。そういえばマリアが生まれた日も雪が降っていて、一面が銀世界できれいだったなあ」


 キリヤの母は昔のことを思い出しながら、微笑んでいた。


「そうだったんだ! きっとマリアは雪の神様に好かれているんだね!!」


 キリヤは母の背中でスヤスヤと眠るマリアにそう言った。


「ええ、そうかもしれないわね」


 それからキリヤたちは雪道を楽しく歩き、家路についた。




「雪、強くなってきたね……」


 帰宅したキリヤは窓の外を眺めながら、母にそう言った。


「そうね。お父さん、大丈夫かしら……。バイクだし、転倒事故を起こしたりしなければいいけれど」


 母は窓の外を見ながら、父のことを心配していた。


 まさかお母さんの心配が、最悪の結果で現実となるなんてね――


 キリヤたちが帰宅してから数時間後。キリヤの家に突然、一本の電話が入った。


「え……そんな」

「お母さん、どうしたの?」


 悲しそうな顔をする母を心配したキリヤはそう尋ねた。


「あのね、キリヤ。お父さんが……」


 それは帰宅途中だった父が車と衝突して、そのまま帰らぬ人となったという警察からの知らせだった――。



 ***



「あの日は猛吹雪だったんだ。だからあの事故は仕方がなかったんだよ。真一の両親が起こしたくて起こした事故じゃないんだ」


 キリヤの話に真一は何も言わず、ただ黙って座って聞いていた。


「真一?」


 キリヤがそう言って真一の顔を覗き込むと、


「……そう、だったんだ」


 真一は、俯いたまま小さな声でそう言った。


「うん。だから真一が気に病むことなんてないよ。それに真一だって、あの事故の被害者だろう? だったら、真一が悪いなんてことはない。もちろん真一の両親だって」


 キリヤがそう告げると、真一は両手で拳を作り、それを膝に乗せて強く握りしめた。


「でも、それが真実だったとしても……周りは――」

「周りが何を言おうが、僕たちの思いは僕たちにしかわからないんだ。だから何も知らない人たちの言うことなんて、気にすることはないよ!」


 キリヤは、真一の顔をまっすぐに見てそう言った。


 すると真一は強く握りしめていた拳をほどき、両手を布団につけて天井を見つめた。


「はあ……そうだね。僕は何に怯えていたんだろう。本当にそうなるかどうかなんてわかりもしない妄想に捕らわれていたのかもしれない」


 真一はいつものクールな口調でそう言った。


「でも、よかった~。真一が何ともなくて……。もう、本当に心配したんだからね」


 キリヤはいつもの雰囲気に戻った真一にホッと胸を撫でおろした。


「相変わらず心配性すぎ。……まあそれがキリヤのいいところなんだと思うけど」

「そ、そうかな!」


 キリヤは照れ笑いをしながら、頭を掻いた。

「でも僕のことは心配しなくてもいいよ。僕は一人でも生きていけるから」


 少しくらいは真一の心を開くことができたかな? なんて思っていたけど、結局いつも通りか――


 キリヤはそんなことを思いつつ、


「またそんなことを……」


 ため息交じりにそう答えた。


「これが僕だから。僕は僕の道を進んでいくだけ」


 熱くも冷たくもない、いつもの無関心な態度でそう答える真一。


「……いつか、仲間とか友情とかを熱く語る真一も見てみたいけど?」

「それは一生ないから」

「即答!? もう少し悩んでくれても……まあいっか。いつもの真一なら、僕はそれでいいよ」


 キリヤはそう言って微笑んだ。


「じゃあ真一ももう大丈夫そうだし、僕は部屋に戻るね!」

「うん」


 それからキリヤは真一の部屋を出た。そして振り返ってから真一の部屋の扉を見つめると、


 真一がなぜ一人にこだわるのかはわからなかったけど、でもこれで真一は事故のことで悩むこともなくなるんじゃないかな――


 そう思いながら微笑んだ。


「夕食まで時間もあるし、マリアとテレビでも観ようかな」


 そしてキリヤは、自室へと向かったのだった。

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