第29話ー⑦ 風は吹いている
翌朝、目を覚ました真一は顔を洗おうと自室にある洗面台に向かった。
「僕、いつの間に眠ったんだろう……それになんか身体もだるいな」
そんなことを呟きながら、真一は洗面台の前に立った。それからそこにある鏡に視線を向ける真一。するとそこには目の下にひどいクマのあり、明らかに顔色の悪い自分の姿が映っていたのだった。
「うわ、ひどい顔だな……」
いつもならこんなことで何とも思わない朝なのに、今日はなんだか誰とも会いたくないな――
鏡に映る自分を見ながら、真一はふとそんなことを思う。
「あーあ。今日は休もう……」
それから真一は再びベッドに寝転んだ。そしてベッドの転がっている音楽プレイヤーとヘッドホンを手に取り、音楽プレイヤーの再生ボタンを押す。
こういう時も、やっぱり音楽に限るよね――
そう思いながら、いつもと同じ『
――数分後。
真一は授業の時間になっても教室には向かわず、自室に籠ったまま過ごしていた。そして何かするでもなくずっとベッドに横たわり、ひたすらヘッドホンから流れてくる音楽聴いていた。
「なんか、おかしい……」
真一はいつものように好きな歌を聴いているはずだったのに、なぜか歌の内容が全く入ってこないことに疑問を抱く。
「音量が低いわけでもない。それなのに、なんで歌詞に込められた想いが伝わってこないんだ」
いつもなら聴いているだけでやる気が出る歌なのに、今はただ流れているだけの音になっている――?
「きっと体調が悪いせいだ。だから少し休めば、きっと元に戻るよね」
それから真一は音楽に意識を向けようとしつつも、昨夜聞いたキリヤの話があれからずっと頭から離れずにいた。
『実はさ、あの事故で僕のお父さんが亡くなってね――』
キリヤは悲痛な表情でそう言っていたことを思い出す真一。
自分の両親が引き起こした事故で、キリヤの父親は命を落としていた。昨夜の様子からキリヤはまだその時のことを割り切れていないのだろうと真一は察する。
キリヤにとってあの事故は父親を失うだけではなく、心に大きな傷を負う一件になったんだろうな――
そんなことを思いながら、表情が曇る真一。
真一はキリヤの過去をキリヤ自身から聞かされており、キリヤも昔は大変だったんだと他人事に思っていた。しかし昨夜の話を聞き、それは他人事ではなかったことを真一は知った。
キリヤの母親が再婚することになったのも、あの事故で父親が亡くなったことが理由なんだろうな。
つまりキリヤが能力者になったのは、間接的ではあるけれど僕の親が原因ということになる……そう。キリヤを不幸にしてしまったのは、僕たちだ――
それに気が付いた真一は、キリヤの未来を奪った罪悪感から胸が苦しくなる。
「こんな思いをするくらいなら、あの時に死んでいたかったな――」
「ちょっと! 何、不穏なこと言ってるの!」
そう言いながら心配そうな顔で真一を見つめるキリヤ。そしてその手には、真一が着けていたはずのヘッドホンがあった。
「キリヤ、なんでここに?」
真一は、突然目の前に現れたキリヤに少々驚きながらそう問いかけた。
今は授業中のはずで、だからキリヤがこの時間にここへ来るのはおかしい――と思う真一だった。
するとキリヤは腰に手を当てて、
「なんでって――真一がなかなか教室に来ないから、心配になってきたんだよ! ノックしても返事はないし……もし真一に何かあったらって思って、それで勝手に部屋に入っちゃった」
申し訳なさそうに笑いながらそう答えた。
(なんでそんなこと、言うんだよ……)
「何でもないよ。ただ体調が良くなかっただけ」
真一はため息交じりにキリヤへそう言った。
「でも昨日の夜、様子がおかしかったよね? だから、僕心配で……」
そう言ってまた不安そうな顔をするキリヤ。
(だから、なんでそんなに僕のことなんて……)
それから真一は奥歯を強く噛みしめる。
僕がキリヤに心配される資格なんてない。昨夜のキリヤが原因で暴走したとしても、それは当然の報いだからだ――
「大丈夫だから。もう放って置いてよ」
真一はキリヤに冷たくそう伝えると、
「放っておけないよ。だって真一は僕の友達だろ? 心配して当然だよ!」
キリヤは笑いながらそう答えた。
「僕は……キリヤの友達なんかじゃないよ」
真一はキリヤから目をそらして、そう言った。
「真一がどう思っていても、僕は真一の友達だと思っているよ」
キリヤは優しい声で真一にそう告げた。
(僕の両親がキリヤの父親を……だからキリヤを不幸にしたのは、僕たちなんだって――!)
「……もうそういうの、やめてくれよ。僕は友達とか仲間とかそんなものはいらないんだって」
「真一……?」
「――さっさと、出て行けよ! 僕は一人がいいんだっ!!」
そして真一は自分の能力を使って、キリヤを部屋の外に吹き飛ばした。それから急いで部屋の扉に鍵を掛ける。
「これでいいんだ。これで……真実を知ったら、きっとキリヤは僕を憎むに決まってる。だったら、そうなる前に距離を置いた方がいいんだ」
それからゆっくりとベッドに座る真一。
信じたくなる前に遠ざければ、僕はまた傷つかずに済む――
「僕はもう誰も信じないって決めたんだ。だから一人じゃないと、孤独じゃないとダメだ。誰かと一緒になんて、いられないよ……」
真一はぽつんとそう呟いたのだった。
***
真一に追い出されたキリヤは、しばらく真一の部屋の前で座り込んでいた。
「……真一、どうしたんだよ」
キリヤはそれからトボトボと教室に戻った。
そしてキリヤが教室に戻ると、
「その様子だと、うまくいかなかったんだな」
1人で戻ってきたキリヤを見て、暁はそう言った。
「……うん」
そう言って席に着いたキリヤはいつものように勉強を始めるが、真一のことが気がかりで勉強は手に着かず、結局この日のノルマは達成できなかった。
それから授業後、キリヤは暁と共に職員室へ向かったのだった。
そう。僕は真一の過去を知るために、政府がまとめた真一のデータを見ることにしたんだ――
―――職員室にて。
「ほら」
暁はそう言いながら、引き出しの中にある真一の個人データが記載された資料をキリヤに差し出す。
「先生は、これを読んだことあるの?」
キリヤは受け取りながら、暁にそんなことを問う。
「前にも言ったが、俺は簡単なプロフィール欄しか読んでいない。だから真一の過去のことは俺も一切知らない」
「そうなんだ……」
確かにそんなことを言っていたよね。先生らしいっちゃ、らしいけど――
そう思いながら、ふふっと微笑むキリヤ。それから真一のデータに視線を移す。
僕は知らないままでいたくない。真一のことをもっと知りたいから――
「ここに記されていることが真実かどうかなんて、本人にしかわからないからな?」
暁は腕を組みながら、笑顔でそう告げた。
「そう、だね……」
先生の言う事も一理ある。だからこれにはデマが書いてある可能性も捨てきれないわけだ。だけど僕は少しでも真一のことを知ることができるのなら、これは読む価値のあるものだと思う――
キリヤはそう思いながら、受け取った真一のデータを黙って見つめた。
「そこに何が書かれていたとしても、キリヤはこれを読むって決めたんだろう?」
暁がそう言うと、キリヤは無言で頷いた。
「じゃあ、読んだ後にどう思うかはキリヤの自由だ。でもその真実は本人しかわからないってことだけは忘れないでくれよ」
「――わかった」
そこに何があったとしても、僕は今の真一を信じる。だって、僕たちは友達なんだからさ――
それからキリヤはそのデータを読み始めたのだった。
――数分後。
「――え……13年前のあの事故に、真一も関わっていたんだ」
そしてキリヤは昨夜、まゆおと自分がその事故で父親が亡くなったことを話していたことをふと思い出す。
僕はまゆおに話した後、真一がそこに立っていることに気が付いたけど、たぶんもっと前から真一はその場にいて、その話を聞いていたはずだ――
それからはっとするキリヤ。
もしかして真一はその事故のことを気にして、僕に友達じゃないって言ったんじゃないのか――?
「先生、真一は僕のせいで部屋から出てこられないんだ。13年前の事故が原因で……」
暁はキリヤの言葉に驚いた顔をする。
「事故って……もしかしてキリヤの父さんが亡くなったっていう、あの事故のことか?」
「うん」
「でも、なんで……」
そう言って暁は首をかしげた。
キリヤは首をかしげる暁に、データを読んでたどり着いた自分の答えを告げる。
「ここの記述では、真一の両親が事故を起こしたってある。だから真一は両親の起こした事故が原因で、僕の父さんの命を奪ってしまったことに罪悪感を抱いているんじゃないかと思ったんだ」
「なるほど……」
確かにあれは悲しい事故で、僕にとって心に大きな傷を負うきっかけになったことだ。
でもだからって僕は事故を起こしてしまった真一の両親のことも、ましてや一人だけ生き残ったという真一のことも恨んでなんかいない――!
「僕、真一の部屋に行ってくる!」
そう言って、キリヤは職員室を飛び出した。
僕はちゃんと伝えなくちゃいけない。あの事故は起こるべくして起こってしまったこと。そして真一が罪悪感を抱く必要なんかないってことを――
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