第29話ー③ 風は吹いている

「やっぱり人は信じられないな……」


 真一は誰にも聞こえない声で、ぽつりとそう呟いたのだった。


 それからまゆおは手に持っている刀になったリモコンを真一に振り降ろす。


 真一は紙一重でその刀を躱し、身構える。


 そしてまゆおも体勢を立て直し、真一の顔を鋭く睨みつけた。


「なかなかやるみたいだね、真一君も」

「それはどうも」


 それからまゆおは息を整えると、今度は次々と技を繰り出していった。


 真一は何とかその技を躱していくが、躱すことが精一杯でまとも反撃はできなかった。


「仲間とか友情とか言っても、まゆおも結局は自分のことしか考えていないんだね」


 真一は技を躱しながら、嫌味を込めてまゆおにそう言った。


「仲間の尊さや友情から得る力の大きさがわからない君に、そんなことを言われる筋合いはないよ!」


 そんなまゆおの強気な発言に真一は驚いていた。


 まゆおはいつからこんなに変わったんだろう……。一年前はもっと弱気で、誰かに言い返すなんてことはなかったはずなのに――


 それからまゆおの繰り出す技がどんどん鋭く、そして速度が増していくのを感じる真一。


 このまま押され続けていると、この勝負の結果は明白だ――


 真一は自分の能力が接近戦には向かないことを理解していた。その為、接近戦に強いまゆおと距離を取れないことに焦りを感じていたのだった。


「まずいな……」


 真一がそう呟いた時、


「ちょっと! 2人とも何してるの!!」


 真一とまゆおを静止するキリヤの声が聞こえた。


 そしてそれと同時に真一とまゆおの足元が、氷に覆われて動けなくなった。


「キ、リヤ……」


 真一は静止されて初めて自分の息が切れていることに気が付く。そして、それはまゆおも同様だった。


「止めないで、キリヤ君。僕は、真一君と決着をつけなくちゃいけない」


 まゆおは真一の方を見ながら、そう言った。


「決着?」


 そう言って首をかしげるキリヤ。


「そうだよ……この間の襲撃事件の時の言動もそうだけど、僕はいろはちゃんの代わりを誰かにしてもらおうなんて思っていない! 僕はただ変わりたいだけなんだ!」


 まゆおは必死にそう叫んだ。


「はあ、真一。まゆおに何を言ったの?」


 キリヤはあきれ顔で真一にそう尋ねた。


「いろはの身代わりにしようとしているって……」


 真一はもごもごしながらキリヤにそう答えた。


 そしてそれを聞いたキリヤは、腰に手を当てて真一の顔を見つめると、


「真一、それは真一が悪いよ。ちゃんと謝って」


 真面目な表情でそう言った。


 キリヤは、まゆおがまだいろはのことで気に病んでいることをなんとなく察しているからこそ、そう言ったんだろうな――と真一は思った。


 僕だってそれくらいのことはわかっているつもりだったのに、なんであんなことを言ってしまったのか――


 冷静になった真一は、自分の行いを後悔する。


「……ごめん、まゆお。僕もちょっと言い過ぎた」


 真一が謝るとまゆおも頭が冷えたのか、リモコンを持っていた腕を下ろし、ばつが悪そうな表情をする。


「僕も熱くなってごめんね……。真一君の気持ちも考えずにしつこかったよね」


 真一とまゆおがそれぞれ謝罪したところを見たキリヤは笑顔になる。


「これで仲直りだね。もう喧嘩しないでよ? それとここの片づけは二人でやってよね?」


 真一はキリヤの言葉を聞いてから周りを見渡すと、片付けたはずの共同スペースは物が散乱してぐちゃぐちゃになっていることを知った。


 せっかく片付けたのにな――


 そう思いながら、ため息を吐く真一。

 

「――わかったよ」

「結局、2人でやり直しになっちゃったね」


 まゆおはそう言って、苦笑いをした。


 それから真一は早速行動しようと足を動かしたが、


「そうだ、氷が……」


 動かない足に視線を向け、そう呟いた。


「ねえ。この氷、何とかしてくれない? 動けないんだけど」


 真一はキリヤへ不満を告げると、


「わかった」


 キリヤはそう言ってから真一とまゆおの氷を解除して、自室へと戻っていった。


 それから真一は、まゆおと共に共同スペースの片づけをしていた。


「……」


 真一は、何も言わずに作業をするまゆおの横顔をちらりと見つめた。


 こういう時にまゆおが何も言ってこないなんて……やっぱりまださっきのことを怒っているのかな――

 

 真一はふとそんなことを思っていた。


 それからも真一とまゆおは一言も言葉を交わすことなく、黙々と作業をこなしていった。


 そして半分くらい片付いたところで、真一はその場に腰を下ろす。


「ふう。ちょっと休憩……」


 真一がそう言うと、そんな真一の言葉を聞いたまゆおは「そうだね」と言って、真一から少し離れたところに座った。


「……」

「……」


 休憩中も何も言ってこないなんて……いつもならそれでちょうどいいはずなのに、今はなんだか嫌な感じだ――


 そんなことを思い、真一は座りながら俯く。


 それからまた少しの沈黙ののちに、まゆおは急に何かを決心したように頷いた。そして真一の方に顔を向けて、


「ねえ、真一君。なんであんなことを言ったの? 普段の真一君なら、あんなに熱くなることなんてないのにさ」


 真剣な顔でそう尋ねた。


 確かに、まゆおの言う通りだ――真一はそう思っていた。



 そして、なぜ自分はいつもしていたように聞き流せなかったのか――と首をかしげる真一。それから真一ははっとして、一つの答えに至った。


 そうか。さっき観たテレビ――


 そして真一はまゆおと目を合わせないまま、


「……ちょっと嫌なことを思い出していたから、機嫌が悪かったのかもね」


 まゆおにそう言った。


 その話を聞いたまゆおは首をかしげる。


「嫌なことって?」


 まゆおにそう言われても、まゆおから目をそらしたままの真一。


「――その様子は話したくないって感じだね」


 まゆおはため息交じりにそう言って、真一から視線を外した。それからまゆおはゆっくりと天井を見上げる。


「じゃあいいよ。無理に話してくれなくても。昔の真一君に何があったかなんて僕は知らないし、知るつもりもない。だって僕が知っているのは、ここに来てからの真一君だけだからね」

「え……」


 真一は話してくれなくてもいいと言ったまゆおに驚いていた。自分の知るまゆおならば、何があったの? 仲間なんだから、僕にも話してよ! と言ってくるだろうと真一は思っていたからだった。


「仲間至上主義のまゆおなら、しつこく聞いてくると思っていたけど――」

「僕だって、察することくらいできるよ。何年一緒に過ごしていると思ってるの?」


 まゆおはそう言いながら、真一に微笑みかける。



「……そうだね」


「うん。僕たちは友達じゃなければ、本当の家族でもない。でもここで一緒に過ごしてきた仲間であることに変わりはないって僕は思っているよ」


「……」


「真一君は、そういうのが嫌いだってことは知っているけど……でも何かあれば僕は真一君を助けたいし、力になりたいって思っていることだけは忘れないでね。……君は一人じゃないから」



 まゆおはまたそんなことを平然と言うのか……。僕にとって仲間も友達も必要ないものなのに。でも、僕だってほんの少しだけ……いや。気のせいか――


「はあ。まゆおはやっぱり鬱陶しいよね」


 真一がため息交じりにそう言うと、


「え!? 僕、今すごくいい事言っていたと思うんだけど……」


 まゆおは困った顔でそう返した。


「鬱陶しいけど、でもまゆおの気持ちは分かったよ。……でも僕は僕を曲げない。だから僕は今まで通り、1人で生きていく」


 真一はそう言ってから立ち上がり、再び片づけを始めた。


「じゃあ僕も、僕を曲げないよ」


 そう言ってまゆおも立ち上がり、作業を再開したのだった。

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