第23話 その後の話

 いろはが旅立って、数日。まゆおは明らかに元気のない日々を送っていた。


 ノルマは淡々とこなしているみたいだけど、どこかうわの空なんだよな――


 暁はそんなことを思いながら、教室で学習ノルマに取り組むまゆおを見つめていた。


 まさか、まゆおまで眠ったままに……なんてならない、よな? いやいやいや。そうじゃないだろ! 俺がちゃんと見守っていないと――!


 そしてそう思っているうちに、この日の授業を終えた暁だった。




 ――暁の自室にて。


「なあキリヤ。まゆおは大丈夫かな。心が不安定になって、暴走なんてことになったら……」


 不安な声でそう言う暁。


 そしてキリヤは植物に水をやりながら、


「まゆおは大丈夫だよ。いろはと何か約束をしたみたいだし! それよりも、先生の方が心配かな……そんなに気にしすぎると、胃に穴が開くだけじゃ済まないよ?」


 暁をなだめるようにそう答えた。


 確かにキリヤの言う通りかもな。心配しすぎで俺が倒れたら、元も子もない――


 暁はそう思いながら微笑むと、


「心配してくれて、ありがとな」


 キリヤの方を見てそう言った。

「うん! 先生は元気であってもらわないとね! それにまた先生何かあったってなると、どこぞのお嬢様から何をされることか――」


 キリヤはそう言って遠い目をしていた。


 きっとそれって奏多のことなんだろうな。もしかして、俺が誘拐されたときに何か言われた、のか――?


 キリヤの顔を見ながら、そんなことを思う暁。


「あはは。キリヤの為にも、なるべく元気であるように努めるよ」

「よろしく頼みます……」


 それからキリヤは、しばらく暁の自室に滞在し、他愛ない世間話をしていた。


 こんなに落ち着いた日々を過ごすのはいつぶりだろうか――


 暁はそんなことを思いつつ、笑顔で話すキリヤの姿をほほえましく見つめていた。


 しかし、この時間がいつまでも続いたらいいな――そう思う暁の頭に、とある問題がよぎる。


 それは、キリヤの高校課程修了が近づいている――ということだった。


「キリヤ、進路はどうするんだ?」


 暁は、キリヤの顔を見つめながらそう尋ねた。


『ポイズン・アップル』の件で研究所に協力していたこともあり、キリヤは大学には行かず、研究所へ行くのではないか――と暁は思っていた。


「……まだ、迷ってる」


 キリヤは俯きながらそう答えた。


 キリヤからの意外な返答に、暁は目を丸くする。


「研究所へ行くことを、か?」

「それも、そうだけど――何だろう。言葉にはできないんだけど、まだ一歩を踏み出せなくてね……」


 もう決めていると思っていたが、違ったんだな。まあ、キリヤには焦らず答えを出してもらいたいから、俺から何かを言う事はしないでおこう――


「そうか」

「うん……決まったら、先生に一番に報告するから。だから、待っていてほしい」


 キリヤはそう言いながら顔を上げる。


 そしてそんなキリヤを見た暁は微笑み、


「ああ、もちろんだ。お前が決めたことなら、俺はどんな道でも全力で応援するよ。だから――自分に嘘だけはつくんじゃないぞ?」


 優しい声でそう言った。


 キリヤは「うん!」と言って微笑んだのだった。

 



 進路の選択は人生の選択だ。


 今回の選択ですべてが決まるわけではないけれど、大人になるための第一歩を踏み出す大きな選択であることに変わりはない。


 キリヤがどんな選択をしようと、俺は教師としてその背中を押すだけだ――


 そして暁は、今日も生徒たちを見守るのだった。



 ***



 まゆおは一人、食堂にいた。


 机に突っ伏し、耳にはイヤホンをして、いつかのいろはと一緒に聞いた中高生バンドの曲を聴いていた。


「いろはちゃん、どうしているのかな。元気にしているかな」


 この曲を初めて聴いたとき、すごくきらきらしていて、とても元気をもらえたはずなんだけど……今はなんだかさみしく聴こえるな――


 流れていくミュージックを聴きながら、そんなことを思うまゆお。


「あの時はいろはちゃんと一緒に聴いていたから、輝いて聴こえたのかもしれない……はあ」


 それからまゆおは自分の目の前に気配を感じた。


 誰だろう――? そう思いながら、イヤホンを外してゆっくりと顔を上げるまゆお。


 そしてそこには腰に手を当てて、怒りをあらわにする真一の姿があった。


「あ、真一く――」

「ねえ、いつまでしょぼくれてるの。納得したって言っていたくせに、全然そう見えないけど」


 真一はまゆおの顔をまっすぐに見てそう言った。


 まゆおは的を射ている真一の発言に動揺し、



「し、真一君には、関係ないよ!」


 強がりながらそう答えた。


 そして眉間に皺を寄せる真一。


「まゆおはいろはがいなくちゃ、何にもできないんだ。ひとりで前を向くこともろくにできないなんてね」


 真一は、語気を強めてまゆおにそう告げた。


「僕は、そんなこと――!」

「じゃあいつまでそうしているわけ?」

「……」


 まゆおは真一から目をそらした。


「ほら。結局、ひとりじゃ何にもできない。それで都合のいいときだけ音楽に頼ってさ。……それじゃ、僕と一緒じゃないか」


 ぽつんとそう言う真一。


「――え?」

「まゆおは僕と違う存在であってよ。そうじゃないと――僕も調子が出ないだろ」


 そう言って、真一は食堂を出て行った。


「真一君……もしかして、心配してくれたのかな」


 そう言ってまゆおは、真一の出て行った方を見つめる。


「そう、だよね。いつまでも落ち込んでいたって、いろはちゃんに怒られるだけだよね。次、いろはちゃんに会う時までに、カッコよくならなくちゃ!」


 そしてまゆおは真一に励まされて顔を上げ、それから再び会うと約束したいろはのことを思い、これからはひとりでも頑張っていこうと誓ったのだった。

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