第24話 不穏

 とある議員の個室。


 一人の女がソファでくつろいでいた。その顔には紫色のベールをかけ、まるで占い師のような服装をしていた。


 そしてその部屋の扉が開くと、スーツを着た50代くらいの男が入ってきた。


「あら、遅かったじゃない?」


 女はその男にそう告げる。


 それからその男はネクタイを緩めながら、女に歩み寄った。


 そして女の前に立った男は、50代の男性の姿から壮年期の男性の姿に変わっていた。


「お役所仕事はいろいろ厄介なんでね。それにしても、僕はいつまでこのおじさんの格好でいなくちゃならないわけ?」


 男が肩をすぼめてそう言うと、


「そんなの私たちの目的が達成するまでに決まっているでしょう? せっかくこの世界に種を蒔いたんだもの。しっかりと摘み取らなくちゃね」


 そう言いながら、女は不気味に笑う。


「あーあ。性格の悪い女はこれだから――」

「何か、言ったかしら?」


 そう言いながら、男の胸倉をつかむ女。


「いいえ、何でも」

「そう。それならいいわ。あんたは私の言う通りに動いてくれればそれでいい」


 そして男の胸倉をつかんだ手を離す女。


 それから男は寄れた襟を直しながら、女に問う。


「そういえば、最近お気に入りのお姫様はどうなんだい?」


 そして男のその問いに、突然女は笑いだす。


「――なかなか面白いことを聞いてくれるじゃない」

「どういう意味?」


 男がそう言って首を傾げると、


「あの子はもう、私のおもちゃじゃなくなった」


 女は無表情に答える。


「は? もしかしてあのチップを破壊されたのか!?」

「ええ。だからあの子は私の思うように壊れなかった」

「それって、かなりまずいんじゃ……」


 狼狽えながらそう言う男。


「それは問題ないわ。そんなことより……もっと面白いおもちゃを見つけたのよ。うふふ……ねえ、ゾクゾクしない?」


 そう言って、女は興奮する身体を抑えた。


「今度は何をするつもりなんだい?」

「ふふっ。今までとやることはそう変わらないわ。また、りんごの力を借りるだけよ」


 女はそう言って不敵な笑みを浮かべた。


「ああ――例のあれか」

「そう」

「そうか。君は相変わらず、研究熱心というかなんというか――」

「何か文句でも?」


 そう言って男を睨む女。


 そして男は胸に手を当てて、


「いえいえ。滅相もない」


 そう言いながら頭を下げた。


「ふんっ! でも、ようやく彼に会う準備が整ったわ」

「彼……?」

「そう。私は、必ず彼を手に入れて――いえ、取り戻してみせるわ」


 そう言いながら、女は窓の外を見つめる。


「うふふ。会える日が楽しみね……」


 そして女は不敵な笑みで都会の街を見下ろすのだった。



 ***



 ――S級施設内、屋上にて。


 この日のノルマを終えたキリヤは屋上に来ていた。


 そして何かをするわけでもなくぼーっと空を見上げ、雲の流れを眺めていたのだった。


「今日もいい天気だなあ……」


 キリヤがそんなことを呟いていると、突然屋上の扉が開き、キリヤの目の前に優香が姿を現した。


「やっぱりここにいた」

「どうしたの?」


 キリヤがそう問うと、


「どうしたのって……うーん」


 そう言って考え込む優香。


 そんな優香を見たキリヤは、どうやらここに来た理由は特になさそうだね――と思いながら笑った。


 すると、馬鹿にされた――! と優香は怒りながらポカポカとキリヤの肩を叩き、ひと段落した後、キリヤの隣に黙って座ったのだった。


 それからキリヤたちは静かに雲を眺めていた。


「ねえキリヤ君。進路は決めたの? もう9月の終わりだし、そろそろかなって」


 優香は唐突にそんなことをキリヤに問う。そして、


「優香はそれを聞いてどうするの?」


 キリヤは空を眺めながら、淡々と優香にそう言った。


「どうするわけでもないけど、なんか気になって……」

「そっか」


 キリヤはそう言って俯いてから、ゆっくりと優香に答える。


「……実はまだ決めてないんだ。どうしたいのか。どうするべきなのか」

「じゃ、じゃあさ! ずっとここにいればいいんじゃない? 私もまだあと1年はいるし。それに先生だってここにいるんでしょ? みんな一緒にここで楽しく暮らせばいいんじゃないの?」


 優香は笑いながら、キリヤにそう告げる。


 キリヤには優香のその笑顔が無理に笑っているように見えていた。まるで悲しみを隠しているみたいだ、と。


「――そういう未来だって、考えたこともあるよ」

「なら――!」

「でも、それじゃダメな気がするんだ」


 キリヤは優香の顔をまっすぐに見て、そう告げる。


「そんな、こと……」


 優香はそう言って悲しそうな顔で俯いた。


「ありがとう、優香。僕のことを心配してくれているんだね」


 キリヤがそう言うと、優香は首を横に振り、


「……違う、と思う。たぶん自分の為。キリヤ君から離れたくない私のわがまま」


 ぽつんとそう言った。


「優香……」


 そして優香は笑顔を作り、


「ご、ごめんね。困るよね! じゃ、じゃあ私はこれで――!」


 そう言って屋上を出て行った。


 僕は、優香のそばにずっといるって言ったのに――


「どうしたらいいんだろう」


 そう言ってため息を吐くキリヤ。


 どんな答えを出すことが正しい未来なのか。誰も傷つかない選択は? そして、僕のやりたいことって――


 キリヤは再びため息をつき、また空を眺めた。




 僕の未来はどこへ繋がっているのだろう。


 そしてこれから僕たちはどんな道を歩んでいくのかな――




「僕の、進む路って…………はあ。今はまだ、決められないよ」

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