第19話-① 平穏な日々

 シロが施設に来て、数日が経過した。


 ――食堂にて。


 マリアはシロと共に食べ物の並ぶカウンターの前に立ち、食べるものを選んでいた。


「シロ、今日は何が食べたい?」


 マリアがそう問いかけると、


「これ」


 そう言いながら、シロはハンバーグを指さした。


「うん、わかった」


 それを聞いたマリアは、ハンバーグを皿に取る。


 そしてその後もシロに好きなものを聞きながら、バランスよく盛り付けしていくマリア。


「やっぱりマリアをお世話係にして正解だったな。少しずつだけど、シロも自我を持ち始めているように思うよ」


 マリアとシロのやり取りを見ながら、暁は隣に座るキリヤにそう言った。


「そりゃ、マリアは僕の自慢の妹だからね!」


 得意満面にそう言うキリヤ。


「そ、そうだな!」


 なんでそんな顔でキリヤが言うんだよ――と思いながら、やれやれと言った顔をする暁。


「そういえば最近レクリエーションをやってないけど、そろそろ何か企画しない?」


 キリヤは嬉しそうな顔をして暁にそう言った。


 確かにな。優香と狂司が来たときにやって以来、レクリエーションをやっていなかったっけ――


「うん、そうだな。そろそろ何かやりたいな!」

「そうでしょ、そうでしょ」


 そう言って頷くキリヤ。


 このリアクション、たぶん何か考えがありそうだな――


 そう思いながら、キリヤを見つめる暁。


「そう言うキリヤは、何かやりたいことでもあるのか?」


 暁がそう問いかけると、キリヤは「待っていました!」と言わんばかりの顔をして、


「ふふふ。実はね、そろそろ夏だし、お祭りみたいなことやりたいなって思っているんだよ。それならきっとシロも楽しめると思うんだ!」


 微笑みながらそう言った。


『祭り』というワードを聞いた暁は目を輝かせると、


「祭りか――うん、いいな! 俺も祭りは久しぶりだし、きっとみんなも喜ぶと思う!」


 嬉しそうにキリヤへそう告げた。


「じゃあ決まり! これから日程の調整とか準備とかでいろいろと忙しくなるね!」

「そうだな。でも、楽しみだ!!」


 そして暁たちは、祭りの打ち合わせを授業後に行うことにしたのだった。




 ――授業後、職員室にて。


 暁とキリヤは職員室の一角でレクリエーションの打ち合わせをしていた。


「じゃあまず日程から。準備は結構かかりそうだし、1か月は見た方がいいよね」


 キリヤが暁にそう問いかけると、


「そうだな。そうしてくれた方が、いいものになりそうだ」


 暁は頷きながらそう答える。


「あとは、屋台とかをどうするかだよね」


 そう言って腕を組みながらキリヤは困り顔をする。



「それは研究所の人たちに聞いてみるよ。もしかしたら、なんかの伝手で屋台とかを用意できるかもしれないからな」


「わかった。それは先生に任せるね。あとは――」



 それから暁とキリヤは数時間、話し合っており、あっという間に時間が経過していた。


「だいぶ決まったな! ――って、結構話し込んだんだな」


 そう言って窓の外を見る暁。


「本当だね。外が真っ暗だ」

「じゃあ、今日はこの辺にしておくか」

「うん。そうだね」


 キリヤはそう言いながら頷くと、


「先生、僕の企画に乗ってくれてありがとう。僕、楽しみにしてるから!」


 そう言って微笑んだ。


「俺の方こそ、良い企画をありがとな。それに今日はゆっくり話せたし、楽しかったよ」


 暁がキリヤにそう言って微笑むと、


「先生、浮気はダメだよ! 奏多という恋人がいながら、僕を口説くなんて――」


 キリヤは口元を押さえながらそう言った。


「いやいや。だからなんでそうなる!」


 そう言って困惑する暁を見たキリヤは、


「なんて、冗談だよ! 僕も楽しかったよ。ありがとう。さあ、そろそろ夕食の時間だし、食堂に行こうか!」


 楽しそうに笑いながらそう言って立ち上がった。


「ああ。そうだな」


 そして暁たちは食堂へ向かったのだった。




 お祭り開催まで、残り2週間――。


 所長たちの協力で外部から屋台数件出すことが決まり、暁たちはその屋台を決めるための話し合いをすることになっていた。


 そして事前に生徒たちにはどんな屋台が良いかのアンケートを取っており、暁たちはそのアンケートを確認している最中だった。


「えっと、チーズティー、チーズドック、虹色の綿あめ。これ、絶対いろはの回答だよな」


 暁は笑いながらそう言う。


「確かに。最新のトレンドばっかりだね!」

「まあでも、俺もチーズティーは飲みたいな――」


 それから暁は奏多と東京で飲んだチーズティーの味を思い出し、少々口元が緩む。


「何その顔! もしかして、思い出の味って感じ? ああ、そっか。奏多とのデートのことでも思い出していたんだ」


 暁の表情を見ながら、キリヤは楽しそうにそう言った。


「そ、そんなんじゃ――!」

「あー、はいはい。じゃあとりあえず、チーズティーは候補に入れておくね」

 そう言ってメモ用紙に『チーズティー』と書くキリヤ。


 楽しそうだし、まあいいか――


 やれやれと思いながら、キリヤを見つめる暁。


「えっと、あとは――」


 それから暁たちはアンケートを読み終え、話し合いを続けた結果、6つの屋台が決まった。


「フランクフルト、クレープ、チョコバナナ、りんご飴、射的――」

「あとは先生の思い出の味のチーズティーね」

「だから――」

「ごめんって! つい楽しくなっちゃって!!」


 そう言って楽しそうに笑うキリヤ。


 暁は何か言ってやろうかと一瞬だけ考えるが、あまり他の生徒たちの前で見せないはしゃいだ姿は貴重だな――と思い、このままにすることにしたのだった。


「そうだ! ねえ先生!! 花火もやりたくない?」


 キリヤはそう言いながら、目を輝かせていた。


「花火か……うん、いいな! やろう!!」


 それから嬉しそうにガッツポーズをするキリヤ。そして、


「やった! さすがに打ち上げ花火を盛大に――っていうのはきっと今からじゃ無理だと思うから、今回は手持ち花火をやろうよ!」


 身振り手振りで花火を表現しながらキリヤはそう言った。

「そうだな。確かに、手持ち花火も十分楽しいもんな! それにしても懐かしいなあ。手持ち花火なんて、いつぶりだろう」


 確か、小学生の時に家族でやったっきりか――


 そんなことを思いながら、昔のことを思い出す暁。


「僕もいつぶりだろうな。本当に小さいころにやった記憶しかないからさ。――良い思い出、作りたいよね」


 そう言って俯くキリヤ。


「キリヤ?」


 さっきまであんなに楽しそうだったのに、どうしたんだろう――


 そう思いながら、キリヤの顔を覗き込む暁。


「キリヤ、楽しいレクリエーションにしよう。忘れられないくらい最高の思い出をつくろうな」


 暁がそう言うと、キリヤは満面の笑みを浮かべて「うん!」と答えた。


 暁はキリヤのその笑顔を見て、自分にとってもキリヤや他の生徒たちにとっても大切な時間になったらいいな――とそう思ったのだった。

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