第14話ー④ ほんとうのじぶん

 優香は職員室を出て、まっすぐ自室に向かっていた。


「なんで……なんで……なんで……」


 その言葉を何度も繰り返しながら、廊下を早歩きする優香。


 それから自室に着いた優香は部屋の扉をしっかりと閉めたのを確認すると、その場でしゃがみこんだ。


「なんで……なんで……なんで……!!」


 頭を抱えて髪をぐしゃぐしゃにしながら、優香はそう呟き続ける。


 私はうまくやっていたはずなのに、どうして先生は気が付いたの……? このままじゃ、ダメだ。もっとうまくやらなくちゃ……そうじゃないと、またみんなに嫌われる。もう、一人は嫌なのに――


「やらなくちゃ。……私なら、できる。大丈夫、大丈夫だから」


 優香はそう呟きながら、震える身体を両手で抱きしめる。


「落ち着け。落ち着け、私……」


 そして優香は呼吸を整えてから、鏡の前へ立った。


「私はもう、一人じゃない」


 優香は鏡に向かってそう言いながら、不自然な笑顔を作った。


「これでいい。これでいいんだよ」


 私は優等生でみんなの人気者。そういう設定なんだから――


 そのまま優香はしばらくの間、鏡の前で作り笑顔をしながら立っていたのだった。



 * * *



 キリヤが優香を探り始めて数日が経ったある日の事。


 ――食堂にて。


 夕食を終え、ほとんどの生徒たちが食堂を去っていたが、キリヤは先ほどまで観察していた優香のことを考えていた。


「先生の言う通り、たまにだけど辛そうな顔をするんだよね……本当に一瞬なんだけどさ」


 キリヤがそう呟いていると、そこへマリアがやって来る。


「ねえキリヤ、聞いてほしいことがあるの」


 深刻な顔をしてそう言うマリア。


 普段はあまり相談してこないマリアがわざわざ相談してくるなんて何事だろう、とキリヤ首を傾げた。


「マリアが相談なんて珍しいね。いいよ、どうしたの?」

「実は――」


 それからマリアはキリヤに悩みを打ち明ける。


 それは最近女子の生活スペースで怪奇現象的なことが起こっているという事だった。


「3日前と昨晩で、変な物音を聞いたってことか……」

「うん。3日前は気のせいだってことで、そこで調査は終えたんだ。でもまさか、昨日の夜また同じようなことが起こるなんて」


 不安な顔をしてそう言うマリア。


「ちなみに、その変な音ってどういう感じなの?」

「えっとね……ガチャンガチャンって音。しかも、2回とも夜遅くに聞えて――」

「へえ。もしかして、何かの亡霊とかかもしれないね」


 キリヤが何気なくそう言うと、


「こ、怖いこと、言わないで!」


 涙目になりながら、マリアはそう言ってキリヤの肩をたたいた。


「ははは。ごめんごめん! ……でもみんなが不安で眠れないんじゃ、困るよね。ストレスにもなるだろうし」


 ストレスは、僕たち能力者にとって大敵だから――


 そう思いながら、キリヤは眉間に皺を寄せた。


「うん。だからキリヤ、今夜見に来て」


 それを聞き、きょとんとするキリヤ。


「え!? 女子スペースへの侵入は、ルール違反なんじゃ――」

「いい。キリヤなら!」

「いいって……うーん」


 まあ疚しい気持ちで女子スペースに入るわけじゃないし、後ろめたいことは何にもないよね。それに先生に見つかったとしても、理由さえちゃんと説明できれば、きっと許してくれそうだな――


 それからキリヤは小さく頷くと、


「わかった。じゃあ今夜、調査に行くよ」


 そう言って微笑んだ。


「うん。ありがとう、キリヤ」

「ああでも、みんなには内緒だからね? 見つかったら、何を言われるか……」


 特にいろはにはバレたくない。きっと無意味に大騒ぎをして、事を大きくしてくれそうだ――


「うん、わかった」


 マリアは胸の前で両手をきゅっと握り、そう返事をした。


 そしてキリヤはこの日の夜に、マリアから頼まれた怪奇現象の調査をすることになったのだった。




 その日の晩。夕食を終えたキリヤは、マリアの部屋に向かった。もちろん誰にもばれないようにこっそりと。


 それからキリヤはマリアの部屋の前につくと、小さくノックをする。


 すると、中からマリアが出てきて、


「キリヤ、ありがとう。中にどうぞ」


 小声でそう言いながら、キリヤを部屋に招き入れる。


 それにしても、マリアの部屋に入るのはいつぶりだろう。施設に来てからは一度も来たことがなかったな――


 そんなことを思いながら、キリヤはマリアの部屋を一望した。


 そして綺麗に整頓されているマリアの部屋を見たキリヤは、


「マリアは一人でもちゃんとしているんだね」


 感心しながらそう言った。


「私はキリヤと違って、いらないものはおいてないから」


 マリアは自慢げな顔でそう言った。


 ちょっと待って、マリア。もしかして、そのいらないものって言うのは、僕の観葉植物たちのことなんじゃないの――?


 そんなことを思い、普段は目に入れてもいたくない妹であるマリアに対して反抗心を抱く。


「植物はいらないものなんかじゃないよっ! 心を癒すために必要なものなんだからね!!」


 それを聞いたマリアは楽しそうに笑った。


「ええ、何か言ってよ……」


 なぜかそう言う自分だけが子供っぽいように感じ、キリヤは急に恥ずかしく思ったのだった。


 それからキリヤは、怪奇現象が起こるまでマリアの部屋で過ごすことになった――。

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