第14話ー② ほんとうのじぶん
月日は流れて、優香は高校生になった。
優香は県で一番偏差値の高い高校に入学しており、入試時の成績はトップだった。そしてクラスメイトたちからの推薦でクラス委員長を担当することになった。
優香は絵にかいたような優等生で、クラスメイトたちからの憧れの的になっていた。
「糸原さんって優しくて、頭も良くて。運動もできて……本当に優等生だよね! 憧れちゃうなあ」
「そ、そうですか……? ありがとう、ございます」
クラスメイトに照れ笑いをしながらそう言う優香。
クラスメイトと別れた後、本当の私は違う。こんなんじゃない――優香はそう思いながら暗い表情をしたのだった。
それから帰宅後、優香はすぐに自分の部屋に籠る。
母はいつものように出歩いているようで、家には優香しかいなかった。
「ムカつく……ムカつく……ムカつく!!」
そう言いながら、部屋にあるものを投げ散らかす優香。
蓄積したストレスを発散するかのように、優香は日々部屋にあるものを破壊するようになっていた。
誰も本当の私を知らず、本当の私を好いていない――
そして優香は両手で髪をくしゃくしゃにして、
「なんで、なんでなの! なんで、なんで――!」
誰もいないその家の中で、一人そう叫んだ。
でも、良い子を演じることはやめられない。やめるのが、怖い――
「私は、どうしたいの……? わからないよ」
そう呟き、優香は涙を流した。
優香はそんな気持ちのズレを修正できず、そのまま過ごし続けていた。
そして優香は、とうとう限界を迎える。
学園祭の出し物を決めるため、クラスで話し合いをしていた時のことだった。
なかなかクラスの意見がまとまらず、優香のクラスメイトたちは険悪なムードになっていた。
私がなんとかしないと――そう思った優香は、クラスメイトたちの意見をまとめるために動くが、最終的にクラスメイトたちの怒りの矛先はクラス委員長である優香に向く。
「委員長が八方美人だから意見がまとまんないんじゃないの?」
ある女子生徒がそう言うと、その意見に乗っかるように、
「やっぱ頭良いだけの人に委員長とか無理なんじゃね? 人望がないとな!!」
男子生徒がそう言った。
「ねえ、誰か代わりに委員長やんなよー」
「そうだよ、糸原さんができたんだから、誰でもできるでしょ?」
ざわつく優香のクラスメイトたち。
そしてその教室では、次第に優香を馬鹿にするかのような笑い声が響き始める。
その声を聞いた優香は何もできず、ただ茫然と佇んでいた。
私があなたたちのために今まで頑張ってきたことはすべて無駄だったの? 心を殺して、すべてを我慢してきた私の時間はなんだったの――?
そして優香の耳に届いているクラスメイトの笑い声は、だんだんと騒音に変わっていっていた。
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい――!
「うるさいよっ! 勝手なことばっかり言わないでよ!! 私だって言いたいこといっぱい我慢してるのに!! なんでそんなに自分勝手なこ、と――」
はっとして冷静になる優香。
しかし、もう手遅れだという事に今更気が付く。
私、今……なんて――?
「あの、私――」
「はあ? 何、熱くなってんの?」
「ってか何、今の? いつもの性格は猫かぶりってこと? マジ性格悪ぅ」
そう言うクラスメイトたちの冷めきった視線が、優香を突き刺す。
優香はこの時、今まで積み上げたものが一瞬にして、崩れ去るのを感じていた。
「私は……私は……っ!」
そして優香はその場から逃げ出した。
なんで私、あんなことを……もうダメだ。私はあそこにいられない。あの場所はもう、私の居場所じゃない――
そう思いながら全力で駆け抜けていた優香は、いつの間にか自宅に到着し、そのまま自分の部屋に閉じこもっていたのだった。
そして、その日から優香は学校に行かなくなった。
「私は悪い子なんだ……もう生きている価値なんて……」
優香はそう呟きながら、布団に包まっていた。
「でもこのままじゃ、お母さんが心配するかな」
しかし優香が引きこもるようになっても、母の生活はまったく変わらなかった。
毎日のように知らない男が家に来て、母を連れて出て行く――そんな日々が相変わらず続いていたのだった。
そしてずっと家にいる娘を見たくないと思っているのか、母は前よりも家に帰ってこない日が増えたように優香は感じていた。
初めこそ、母に心配をかけるかもしれないと心を痛めていた優香だったが、最近は顔を合わせるたび、嫌そうな顔をする母に会いたくないと思うようになっていた。
居てくれないほうが、好都合――
優香は家を出ていく母を見て、そう思っていた。
こんな私を見せられない。こんな悪い子になった私なんて――
顔を合わせなければ、今より状況は悪化しない。お母さんに嫌われずに済む、優香はそう信じていた。
そして優香が不登校になって、1か月が経った頃のこと。
「どうしよう。私はどうすればよかったのかな……」
このままずっと引きこもってはいられないのに――
そんなことを思いながら、優香は自分のベッドの上で寝転んでいた。
すると、部屋の扉をノックする音が部屋に響き、
「はい」
扉の方を見て、優香はそう答えた。
「優香、入るよ?」
そう言って母が扉を開け、優香の部屋に入る。
急にどうしたんだろう。もしかしたら、お母さんは私のことを心配して何か優しい言葉をかけてくれるのかもしれない――
久々に見た母に、優香はそんな淡い期待を抱いた。
しかし、優香の抱いたそんな期待は、あっという間に雲散霧消する。
「いつまでそうしているつもり? 早く学校いきなさいよ。どうせあんたが何か問題を起こして、クラスでいじめられたんでしょ? ちょっと頭がいいからってクラスメイトを馬鹿にしたとかそんなとこ?」
「え……」
優香は母の言葉に驚愕し、耳を疑った。
お母さんは、私を励ましに来てくれたんじゃないの――?
「私を見る目もなんとなく馬鹿にしてたもんねえ。あーあ、クラスメイトにも同情するわ……。ほら、さっさと学校行って謝ってきな。家にずっといられても迷惑だよ」
そう言ってから、母は部屋を出て行った。
優香は母が出て行った扉を見つめながら、さきほどの母の言葉を思い出していた。
何よ、それ。全部私が悪いって、そう言いたいの? 私はあんなに頑張っていたのに。なんで……なんでなんでなんで――!
心の傷口に母からたっぷりと塩を塗りたくられた優香は、怒りで身体が震えていた。
「なんで……どうしてそんな言葉が言えるの」
それから優香は、部屋の外で母が誰かと電話をする声を耳にする。
「なんであんな子を産んじゃったんだろう。あんな子いなきゃよかったのに」
「!!?」
お母さんにとって、私はいらない子だったんだ――
それから優香の中で抑えられていた何かが壊れ、優香の意識は途切れたのだった。
そして次に優香が気づいた時、目の前には血だらけの母が倒れていた。
お母さん? どうしたの――?
血だらけの母を見た優香は、母がすでに息を引き取っていることを察した。
『はあ、はあ……』
意識がはっきりとしてきた優香は、自分の呼吸が荒くなっていることに気が付く。
呼吸が整わないのは、まだ感情が昂ったままだからなのかな。それにしても視界が悪い――
そして騒ぎを聞きつけたのか隣人が、優香の家に入ってきた。それから優香の姿を見るなり悲鳴を上げて、
「ば、化け物!!」
優香を指さしながらそう叫んだ。
そう言われた意味を優香はすぐに理解することはできなかった。
化け物? 誰が? 私――?
それから優香は、すぐにその意味を知ることになる。
『え……』
部屋の全身鏡に映る自分が見えた時、優香は絶望した。
そこにはヒトのカタチをとどめていない自分の姿。真っ黒な体、そして8本の足。その姿は巨大な蜘蛛そのものだった。
『これが、本当の私……』
ワタシハバケモノ――?
そしてそこで再び、優香の意識は途切れたのだった。
優香が再び目を開けると、そこには知らない天井が広がっていた。
「あれ、ここは……」
さっきまで家にいたはずなのに――
「やっと目を覚ましましたね」
その声がした方に視線を移す優香。そしてそこには白衣を着ている30代くらいの女性がいた。
医療関係者か、もしくは研究者ってところかな――
「あの、私は……」
自分がここにいる理由をきっと知っていると判断した優香は、その女性にそう尋ねる。すると、
「あはは、いきなりこんなところにいたんじゃ、不安よね。順を追って説明するね――」
それから優香は、その女性から起こったすべての出来事を聞かされた。
能力の発動によって、母を殺めたこと。そして能力がC級からS級にクラスアップしていたこと。
しかし、優香はその事実を知っても、悲しみの感情は抱くことはなく、淡々とその女性の話を聞いていた。
そして話を終えた女性は部屋を出て行き、優香は部屋で一人になった。
それから優香はボーっと自分の両手を見つめる。
この手でお母さんを……でも、私はまだ生きてる。だからきっと、私はやり直すチャンスをもらったんだ――
「次はもっとうまくやろう。ちゃんと良い子を演じなくちゃ。私ならできるよね、お母さん」
優香は無感情にそう呟いた。
それから優香は、S級保護施設に転校することになったのだった。
* * *
「それで今に至るっと――ふう」
優香は軽く息を吐きながら、夜が明け切った空を見つめた。
「こんなことを思い出すのは、きっと今日見た夢のせいだね」
そして優香はそのまましばらく、空を眺めていたのだった。
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