第11話ー⑤ 旅立ち

 ――演奏会当日。暁は奏多の朝練に付き合った後に、奏多と共にスケジュールの確認していた。


「よし。タイムスケジュールはこれで大丈夫そうだな」

「先生、今日までお手伝いをしてくれて助かりました。ありがとうございます!」


 奏多はそう言って微笑んだ。


「これくらい、なんてことないさ。でも今日の演奏で奏多の気持ちがみんなに届くといいな!」

「はい! あ、それと、あの件は――」


 心配そうにそう言う奏多。


「ああ。もちろん、OKだ!」


 暁がそう言って右手の親指を立てると、


「よかった……」


 奏多はほっとした顔をしてそう言った。


 奏多が暁に依頼したこと――それは研究所の剛にも自分の音を届けたいということだった。



 * * *



 ――数日前。

 

 暁は奏多から依頼を請けた後、すぐに研究所にいる所長に連絡を取っていた。


 それから所長の許可を得た暁は、どうやって剛に届けるかを考え、その結果、ライブ配信という形を取ることにしたのだった。


 しかし、そのライブ配信は自分一人の力では実現不可能だという事に暁は気が付いた。


「研究所の誰かに手伝ってもらわないと、剛には届けられないな――」


 困り果てていた暁は、その時に偶然電話のあったゆめかにそのことを相談した。


 すると、


『ぜひ、私に手伝わせてほしい』


 ゆめかは暁にそう告げたのだった。



 * * *



 白銀さんには感謝しないとな――


 そう思いながら、暁は微笑んだ。


「素敵な提案をありがとな、奏多。きっと剛も喜ぶと思うよ」


 暁がそう言うと、


「剛とは付き合いも長いですしね。だからちゃんと感謝を伝えたかったんです」


 奏多は微笑みながらそう言った。


「そうか」


 剛と奏多が今までどんな関係を築いてきたのかはわからない。でもたぶん剛は喜ぶんじゃないかな――


「奏多の思いは、きっと剛に届くよ」

「ええ。そうなるように、ありったけの想いを込めて演奏しますね」


 そう言って満面の笑みを見せる奏多。


 それから暁のポケットの中にあるスマホが振動した。


 暁はスマホを手に取り、画面に目を落とすと、


 ――着信 白銀さん


 と表示されていた。


「ちょっと、電話してくる」


 暁はそう言ってその場を離れてから、画面をタップしてその電話に応じた。


『おはよう、暁君。こっちの準備はいつでもOKだよ』


 ゆめかはいつもの調子でそう言った。


「おはようございます! 白銀さん。今回のこと、本当にありがとうございます。そして、忙しいのにすみません……」


 暁はそう言って見えない電話の相手であるゆめかに頭を下げた。

 

『ふふふ、いいんだよ。私は君の手伝いができて、大満足さ。じゃあ、また始めるときに連絡をくれると助かる』


 嬉しそうにそう言うゆめか。


 白銀さんも乗り気になってくれているようで、俺も嬉しいな――


「はい、わかりました!」

『うん。じゃあ今日もいい日にしよう、それではまた』


 そして暁はゆめかとの通話を終えた。


「いい日に、か。そうだな!!」


 白銀さんの言う通り、今日も素敵な一日にしよう――


 暁はそう思い、微笑んだ。


 それから暁は奏多のところへ戻り、演奏会の最終チェックをしたのだった。




 その日の午後。シアタールームに暁と生徒たちは集まっていた。


 暁は全員が着席したのを確認すると、


「さて、今日は今年度最後のレクリエーションになる。最高に楽しんでくれよ!」


 生徒たちの前でそう言った。


 そして暁がそう言ったタイミングで、シアタールームの後ろ扉が開き、奏多が姿を現した。


 ほんのりとお化粧をして、真っ白なステージ衣装を身にまとった奏多は堂々とした様子で、ステージに向かう通路をまっすぐに歩いていた。


 そしてシアタールームにいる全員が、そんな奏多の姿に釘付けになっていた。


「みんなの前で演奏をするのが怖いって言っていたころの面影は、まったくなくなったな、奏多」


 暁は小さな声でそう呟き、一番端の席まで移動すると、立てられたビデオカメラの前に立った。


 そして奏多が生徒たちの前に立ったタイミングで、暁はスマホでゆめかにメッセージを送る。


『いつでも大丈夫だよ』


 ゆめかからのその返事を見た暁は、ビデオカメラの録画ボタンを押した。


「今日はみんなに感謝の気持ちと、これからの未来を願って、私から演奏のプレゼントです。みんな、楽しんでいってくださいね!」


 そう言ってから奏多はバイオリンを構え、そしてその音を奏で始める。


 奏多は、優雅でとても楽しそうに演奏をしていた。


 そして、そんな奏多が奏でる音は、とても美しく幸せな音色で――ありがとうの気持ちと、未来への期待を感じさせてくれる希望の音だった。


 やっぱり奏多のバイオリンは、誰かを幸せにできる音だ――


 暁は奏多の演奏を聴きながら、確かにそう感じたのだった。



 * * *



 研究所で剛に奏多の演奏動画を見せるゆめか。


 そしてその演奏を聴きながら、ゆめかは剛に微笑みかけた。


「ふふ。これはとても多幸感がある音だ。剛君、君もそう思わないかい?」


 ゆめかがそう問いかけても、剛からの返答はなかった。


 しかしほんの少し、剛の口角が上がったようにも見えたのだった。



 * * *



 奏多が全ての演奏を終えると、シアタールームでは大きな拍手が響き渡った。


「本当に、ありがとうございました!」


 奏多は満面の笑みでお礼を告げ、頭を下げる。


 演奏を聴き終えた生徒たちの顔は、とても幸せそうだった。

 

 そして、きっと奏多の思いが生徒たちに届いた証なんだろう――と思い、暁は嬉しくなって微笑んでいた。


 それから暁のポケットにあるスマホが振動した。


 暁はスマホをポケットから取り出して、その画面を見ると――ゆめかからのメッセージの受信を確認した。


「どうしたんだろう……」


 そう呟いて、そのメッセージを開く暁。


『きっと剛君にも届いたよ』


 そしてその内容を見た暁は、


「そうか。よかった――」


 ほっとした顔でそう言った。


 それから、奏多の思いがちゃんと剛にも伝わったんだな――と暁は自分のことのように嬉しく思ったのだった。

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