第10話ー① 人生の分かれ道

 奏多とのデートから数週間が経ったある日のこと。


 いつものように暁は教室で学習ノルマを進める生徒たちを見守っていた。


 そしてふと奏多に視線を向けた暁は、先日のデートのことを思い出していた。


 その当時、暁はプロポーズともとれる告白を奏多からされたものの、奏多との関係は何一つ変わってはいなかったのだった。


 奏多も奏多であれから何か言ってくることもないしな――


 それから暁は他の生徒たちにの方に視線を向けたのだった。


 その後、生徒たちは各々のノルマを終えていき、静かに退室していった。


 いつもと変わらない日常。平穏とはこういうことを言うのだろうな――


 そんなことを考えつつ、暁は穏やかに過ごしていた。


 それから授業の終了時間が近づき、暁が教室内を見渡すと、そこにはいつものように残っているまゆおと受験勉強に奮闘する剛の姿があった。


 剛は夢のために、今まで以上に頑張っているんだな――


 黙々と勉強を続ける剛を見て、嬉しそうに微笑む暁。


 そして、少し頑張りすぎかな――と暁は思っていたものの、「暁先生のような教師になりたい」と言った剛の想いを尊重し、今はやりたいようにやらせようと、剛を止めることはなかった。


 そして授業の終了間際――暁は残っているまゆおと剛、それぞれに声を掛ける。


「まゆお、どんな感じだ?」


 暁がそう尋ねると、まゆおは顔を上げて、


「あ、あと、1問です……」


 と少々自信なさげにそう答えた。


「うん、そうか。じゃああと少しみたいだし、最後まで頑張れよ」

「はい、頑張ります!」


 まゆおは笑顔でそう言って、再びタブレットに視線を向けた。


 まゆおは最近『頑張る。やってみる』といったポジティブな言葉を使うようになったな――と暁はそう思っていた。


 いろはと行動するうちに、少しずつだけどまゆおも変わり始めているのかもしれない。そんなまゆおの成長は、担任教師としてすごく嬉しいよ――


 暁はそう思いながら、まゆおを見て微笑んだ。


 それから暁は剛にも同様の質問をすると、「今日のノルマはとっくに終わってるよ」と剛は答え、笑ったのだった。




 その後、授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、剛は荷物をまとめて教室を出て行った。


 部屋に戻って、また勉強をするのだろうか。勉強熱心だな――


 そう思いながら、剛が出て行った扉を見つめる暁。


 そして、いつもであれば授業が終わるとすぐに教室を出て行くまゆおが、この日は珍しく教室に残っていた。


「珍しいな、まゆおがまだ残っているなんてさ!」


 暁がそう言うと、まゆおはもじもじとしながら暁を見つめる。


「ん? どうした? 何か言いたいことでも?」


 それからまゆおは、ゆっくりと口を開く。


「あの、先生……最近の剛君、なんだか無理しているように思います。寝る間も惜しんで勉強していたり、授業の後もずっと机に向かっているみたいなんですよね。僕、それがなんだか心配で……」


 まゆおはそう言って不安な表情をしていた。


 確かに今の剛を見て、不安になる気持ちはわからなくもない――


 そう思った暁は、剛の夢の話をまゆおに聞かせた。


 俺のようになりたい――そう言った剛を応援してやりたいと思っている暁は、今は剛のやりたいようにやらせているんだ、とまゆおに伝えた。


「――俺は剛を応援したい。だからまゆおも、剛を見守っていてやってくれないか」


 暁がそう言うと、まゆおは少し不安そうな顔をしたまま、小さく頷いた。


「そういうことなら、わかりました」


 納得してくれたまゆおにほっとする暁。


 それからまゆおは、何かを思い出すように目を細めて天井を見つめ、


「ただ、今の剛君は――頑張りすぎていた昔の自分を見ているようで、不安で。だから剛君にもしも何かあったらって思っただけなんですよ」


 悲し気にそう言った。


 それからまゆおは視線を暁に向けて、


「けど、先生が付いているなら安心ですね」


 そう言って微笑んだ。


 それからまゆおは、暁に一礼した後、教室を後にしたのだった。


 まゆおは一人一人のことをちゃんと見ているんだな――とまゆおの話を聞いていてそう思った暁。


 言葉だけではなく、ちょっとした行動から、相手のことを思って心配できるのは、本当にすごいことだと思う。まゆおのそういう姿勢は、とても立派で尊敬するところかもしれない――


「俺ももっと、周りを見られるように頑張らないとな」


 そう呟き、暁は拳をぐっと握った。


 そう。剛が憧れる教師であり続けるために――


 そして暁は教室をあとにしたのだった。




 夕食後、いつものように片づけを終えた暁は職員室で報告書をまとめていた。


「今日は通常授業と……それから内容は……」


 初めは1時間ほどかかっていた報告書が、今では15分程度で作成できるようになっている自分に、暁は嬉しく思っていた。


「俺も成長しているってことかもな!」


 そんなことを呟いているうちに、暁は報告書の作成を終えたのだった。


 その後、暁は湯船につかるため、施設の建物内に併設されている大浴場へ向かった。


 そしてその大浴場へ向かう途中、


「あ、そうだ。建物内の消灯を確認していなかったな」


 暁はそのことを思い出し、2階の教室と3階の食堂へ向かった。


「教室は問題なしっと……あとは食堂か」


 そう呟きながら、暁は階段を上った。


 そして3階に着いた暁は、食堂から明かりが漏れているのを見つける。


「消し忘れ、かな……?」


 暁はそう呟いて食堂を覗くと、そこで黙々と勉強する剛の姿を目にした。


「――剛、がんばっているみたいだな」


 微笑みながらそう呟いた暁は、剛の邪魔をしないよう静かに食堂を後にし、大浴場へと向かったのだった。




 そして、その日の晩のこと――唐突にその事件は起こった。


 それは生徒たちが寝静まっている深夜のことだった。


 突然鳴り響く爆発音――その音で暁は目を覚ました。


「な、なんだ!?」


 施設の近くで爆発が? いや、それにしても音が近すぎる。この施設内で聞こえたような――


 そんなことを考えながら暁は窓の外を見つめていた。


 すると、それからしばらくしてまゆおが大急ぎで職員室へやってきた。


「先生!! 剛君が!!!」

「え……?」


 そして暁はまゆおと共に剛の部屋を目指した。


 暁は剛の部屋に着くと、その部屋の凄惨さに愕然とした。


 部屋の中には燃えた痕跡があり、その鎮火のために使用されたであろうキリヤの能力――『氷』で部屋の一部が凍り付いていたからだった。


「これは……」


 そう呟き、ただ茫然とその部屋の中を見つめる暁。

 

「剛? ねえ! 聞こえてる? 何か言ってよ!!」


 キリヤのそう叫ぶ声で暁ははっとして、声がした方に視線を向ける。


 するとそこには、ベッドに横たわったまま動かない剛と、そんな剛を揺すりながら声を掛け続けるキリヤの姿があった。


 それから暁の存在に気が付いたキリヤは、


「先生! 剛が!!」


 焦った表情で暁にそう告げる。


「暴走、か……でもなんで」

「もしかして、勉強し過ぎのストレスなんじゃ――」


 まゆおがなんとなく言った一言に、暁ははっとする。


 俺はまゆおに言われて剛が無理をしていたことに気が付いていたはずだ。それなのに、俺は剛の心の変化に気づけなかった――


 そう思いながら、頭が真っ白になる暁。


「お、俺は――」

「先生、どうする?」


 キリヤのその問いに、暁はすぐに返答することができなかった。


 どうしたらいい……俺が気付かなかったから。俺の、せいで剛は――


 そんなことをぐるぐると考え、無言で佇んでいたからだった。


「とりあえず、研究所に連れて行かないと。ここで僕たちができることはもうないよ……」


 まゆおは冷静な口調でそう言った。


 それからキリヤは剛を見つめ、頷く。


「先生、剛を研究所に連れて行ってあげて」

「――あ、ああ」


 キリヤの言葉で我に返った暁は、急いで研究所に連絡をしたのだった。




 研究所に連絡を終えた暁は、エントランスゲートで迎えの車が来るのを待っていた。


 真冬の深夜に外で待つなんて、とても正気な沙汰とは思えないな――


 そんなことを思いつつも、暁には外にいる理由――言い訳があった。


 それは、キリヤやまゆおに責められているような気がして、その場に居たたまれなかったからだった。


 俺は、何をしているんだろうな。本当に情けない――


 それからしばらくして、研究所から迎えの車が到着した。


 暁は剛の部屋に戻ると、剛を背負って車まで運び、剛と一緒にその車に乗り込んだ。


 暁は隣で眠っている剛を見て、胸の苦しさを感じていた。


 俺は自分のことばかりで、剛のことを何も見ていなかったんだ――と。


 これは自身の怠慢が招いた事件なんだ、と暁は今更深く深く反省した。


「ごめんな、剛……俺が、もっとちゃんと見てやれたら……」


 そして車は研究所へ向かっていったのだった。


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