第2話ー② 辿った道

 そして高校入学後。暁はこれまでと変わらず、家の事と勉強を両立しながら忙しい日々を送っていた。


 夢も家族のことも大切に思う暁は、そのどちらのことも相も変わらず手を抜くことができずにいたのだった。


 そしてそんな高校生活にも慣れ、いつものように家事を終えた暁は、その日も遅くまで勉強をしていた。


「ここの接続詞が……うーん」


 難しい問題に躓き、少し苛立つ暁。


「ああ、わからんっ!!」


 そう言って持っていたステンレス製のシャープペンシルに力を込めると、べきっと音を立てて、そのシャープペンシルは変形したのだった。


「あれ。俺ってこんなに握力あったか……?」


 そんな疑問を抱いた暁は、不安要素をなくすため、再び『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の検査を受けることにした。


 週末になり、暁はいつもの検査場に向かって、いつものように検査を行った。


 検査後、その結果を聞くために診察室に行くと、そこには前回と同じ検査員の男性が暗い表情をして座っていた。


 その表情に若干の不安を抱きつつも、暁は検査員の男性の前に座る。


「こんにちは。あの、結果を聞きに来たんですか……」


 暁は暗い表情のまま話し始めない検査員の男性にそう言った。


 すると、検査員の男性はその重たい口を開く。


「三谷くん。君には伝えなければならないことがある」

「伝えなければならないこと……?」


 検査員の男性の言葉に、暁はいつかのように背筋が凍る思いをした。


 嫌な予感がする――暁は検査員の男性の表情と先ほどの言葉を聞き、そう思った。


 そしてその時に、暁はもう一つの能力が見つかったことを知らされた。


「それで、その能力ことなんだが――」


 検査員の男性は暗い表情のまま話を続けた。


 はっきりと力の覚醒を確認できたわけではなかったが、その測定値は国家を滅ぼすほど強大とされ、国内最強の危険度SS級クラスと宣告されたのだった。


 家族はどうなる? 父さんも母さんも、まだ小さい兄妹は誰が守る? それに俺の夢は……未来は? 俺は全てを失ったのか――


 話を聞き終えた暁は、そう思いながら今の自分に絶望した。


 それから暁はフラフラとした足取りで検査場を後にした。


「俺が、SS級クラス……」


 暁はそう呟きながら家に向かっていた。


 そして、これは悪い夢なんじゃないか――? と何度も思い、信号で立ち止まるたびに検査結果の紙と渡された専用施設の資料を見て、結果が現実なんだと打ちのめされた。


 その後。帰宅した暁は、家族にこの日の検査の結果を全て話した。


 幼い妹や弟たちは、その現実を理解していなかったが、母はひどく悲しみ泣き崩れていた。


「ごめんね。母さんが暁に無理をさせたから。本当にごめんね……」

「違うよ、母さん。母さんのせいじゃない」


 暁は苦しそうな顔をして、母にそう言った。


 するとそんな暁を母はそっと抱きしめた。


 暁は母の温かさを感じながらも、自分の心に刺さった何かの痛みに耐えていた。


 その後、帰宅した父にも暁は同様の内容を話し、父もひどく落ち込んでいるようだった。


「父親として暁に何もしてやれなくて、本当にすまなかった」


 父は普段見せない涙を流し、暁に頭を下げた。


 そんな父の姿を見て、暁は心に刺さっていた何かがさらに食い込むように感じ、胸が苦しくなった。


 父は自分ができることを精一杯やってくれていたことを知っていた暁。そんな父に頭を下げさせてしまったことを申し訳なく思ったからだった。


 俺は家族を守ることができなくなった。俺のことを信じてくれていた家族を裏切ったんだ。


 こんなに身近な人間すら救うことができない俺は、なんてちっぽけな人間なんだ――


 暁はそんなことを思いつつ、S級クラスの子供たちが住む保護施設に行くまでの日を過ごした。


 それから数日後。暁はそんな思いを抱えたまま、家を出たのだった。




 ――S級保護施設にて。


 施設に着いた暁は、そのまま誰にも会う事なく、これから生活することになる部屋へ連れていかれた。


「悪いとは思っているけれど、君の行動範囲は限らせてもらう。君はこの部屋から出てはいけない。いいね?」


 施設の教員と言っていた男性から事務的にそう言われ、暁は肩を落とし、


「わかりました」


 小さな声でそう答えた。


 それから一人になった暁は、荷物を下ろし、部屋にあるベッドに座った。


「そう、だよな。SS級ってなんだよって話だもんな……」


 そう呟き、ため息を吐く暁。


 すると、どこからか楽しそうな声が聞こえた暁は、辺りを見渡した。そして視界に入った窓からそっと外を覗く。


「なんだか楽しそうだな……」


 施設のグラウンド内を笑顔で駆け回る子供たちを見て、暁はそう呟いた。


 でも。あの中に俺は行けない。ここで、ずっと一人で過ごさなければならないから――


 そう思い、表情が曇る暁。


 その後もしばらく窓を見つめ、部屋の片づけを済ませてからこの日を終えた暁だった。


 それから暁は翌日もその翌日も誰とも関わりを持つことなく、気が付けば1か月ほどが経っていた。


「ここでこうして一人きりで過ごして、俺はみんなに忘れられていくのかな……」


 この時の暁は、自分だけが社会から切り離されているような感覚になっていた。


 ふと窓の外に目を遣った暁は、楽しそうにはしゃぐ同世代の子供たちを見て、胸が苦しくなった。


 あいつらだって同じ能力者なのに、なんで俺だけ――


「俺は家族の為に頑張っただけじゃないか。それなのに、なんで……。俺はこんな結末望んでいないのに」


 暁はそう呟き、両手の拳をグッと強く握った。


 このままここから出られないのか? 夢も希望も抱くことは許されないのか――?


 暁は心に刺さったままの何かがまた深く食い込むのを感じていた。


 もしかしたら――と一度だけ希望を抱いた時もあった暁だったが、それも一瞬にして雲散し、絶望に変わった。


 俺は檻に捕らわれた獣なんだ。他の人とは違った化け物なんだ、と暁は自分のことをそう思うようになっていった。


 そんな絶望の日々を繰り返すたびに、暁はいつの間にかまた大きなストレスを貯め込んでいたのだった。




 ――ある日の晩のこと。


「う……身体が暑い……」


 急に全身が燃えるように熱くなった暁は、ベッドから身体を起こす。


 そして意識がもうろうとする中、身体を冷やそうと洗面所に向かった。


 その時、そこにある鏡を覗いた暁は驚き、目を見張る。


 全身が毛に覆われている、ヒトのカタチをとどめていない獣がそこにいたからだった。


「なんだ、これ――」


 そして暁はそれからぷっつりと意識が途切れた。


 その後、意識が戻った暁は、周囲にあったはずのすべてがなくなっていることに気が付く。


「どうして、こんな……」


 そしてあたりを見渡すと、使用していた部屋が大破しただけではなく、施設の半分以上が損壊していることを知った。


 それから意識が途切れる少し前、自分の身体に起こったことを思い出した暁は、唖然とした。


「もしかして、これを俺が?」


 その事実を受け入れられない暁は混乱し、ただその場に佇むことしかできなかった。


「俺はこんな……こんなつもりじゃ――」


 そして暁は意識を失い、その場に倒れたのだった。



 * * *



 ――現在。S級保護施設にて。


「とまあ。これが能力者になったばかりの頃の話だ」

 

 暁は笑顔でそう告げるが、生徒たちからの反応は何もなかった。


 それからはっとした暁は、


「そうそう。話の中にあった俺の持つもう一つの能力だけど、『獣人化ビースト』って言って、無意識に物を破壊する生き物になる能力なんだよ」


 ははは、と笑ってそう言った。


「――そういえば確か僕たちが施設に来る少し前に、建物の修繕をしていたって聞いたことがあったけど、あれって先生の仕業だったんだね」


 キリヤは淡々とそう告げる。


「実はなあ、そうなんだよ」


 頭の後ろを掻きながら、暁は苦笑いでそう言った。


「じゃあ本題のどうして今も能力者のままで、ここへ来ることになったのかってことだけど――」


 そして暁は話を続けた。

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