第234話 加速モード
全力疾走した後のように、息が苦しい。
全身の熱が、脳までをも、燃やしているみたいな感覚。
ふらふらとして、視線が定まらない。
意識が、朦朧とする。
ぼんやりと、ヴィルガの声が聞こえる。
「よっしゃ、成功や。そうやな、初めてやから、加速モードの持続時間は、たぶん10秒が限界ってとこやろな。ほら、時間を無駄にしたらあかん。10秒間、ウチと鬼ごっこして、その異常な状態の中で、体を動かせるようにトレーニングするで。ほれほれ、あんたが鬼や」
言い切るのと同時に、ヴィルガは俺の肩に、ポンと手で触れ、素早く逃げて行った。鬼ごっこということは、このまま、深いことは考えずに、彼女にタッチすればいいのだろう。
俺は、あやふやな頭で、地面を蹴り、ヴィルガを追いかける。
跳躍。
驚いた。
跳んだぞ。
俺の体。
軽く、地面を蹴っただけなのに。
苦しくて、ふらついて、だるいのに、異様なほど、全身が軽く感じる。
とてとてと逃げて行ったヴィルガまでの距離は、10メートル以上はあるというのに、一歩、二歩、軽やかに飛び跳ねるだけで、あっという間に彼女の背に追いつくことができた。
いや、体が軽いだけじゃ、こんな鋭い動きはできない。
だるくて、だるくて、しんどいのに、体の底から、言いようのないパワーが湧いてくる。
気分はまるで、ニトロを噴射したレーシングカーだ。
凄い。
もう少し手を伸ばせば、ヴィルガの金色の髪に、手が届く。
それっ。
今だっ。
あっ。
くそっ。
かわされた。
さすがだな。
でも、リズムは掴んだぞ。
この調子なら、次は確実にタッチできる。
ほら。
すぐにまた、追いついたぞ。
楽しいな。
よし。
今度は髪じゃなくて、肩を狙ってやる。
よしよし。
絶対に、逃げられないタイミングだ。
確実に、タッチできるぞ。
鬼ごっこは、俺の勝ちだ。
そう思ったところで、俺は、ずっこけた。
ヴィルガが、カラカラと笑いながら、言う。
「あらら、残念やな。時間切れや。あとちょっとやったのになぁ。やっぱり、持続時間は約10秒ってとこやったな。……どや? なかなか、凄い体験やったやろ? 加速モードの状態は」
俺は、転んで地面に突っ伏したまま、返事をしようとしたが、「う゛う゛う゛……」とか「ん゛ん゛ん゛……」という、濁った呻き声しか上げることができない。
全身を襲う、強烈な疲労感と痛みで、口を動かすことができないのだ。
喋るどころか、呼吸するだけでも肺が痛み、頭蓋骨をハンマーで直接ぶっ叩かれるような痛みが、脳をガンガンと震わせる。
苦痛に悶絶する体が、不意に、浮いた。
ヴィルガが、ひょいと持ち上げてくれたらしい。
小柄だが、凄い腕力だ。
彼女は、優しい眼差しで俺を見つめながら、母親のように言う。
「今、苦しいのは、加速モードを使った反動や。今日はもう、これ以上動いたらあかんで。明日の朝まで、ゆっくり休んで、それから少しずつ、加速モードに体を慣らしていく訓練をするんや」
「あ゛あ゛……う゛う゛……」
「ふふ、律儀に返事せんでもええって。安心しぃ、一番苦しいのは、最初だけや。明日からは、加速モードを使っても、そこまで苦しまんでもすむよ。最初が一番キツイのは、まあ、なんでも一緒やな」
それを聞いて、ホッとした。
この地獄の苦しみが、加速モードとやらを使うたびに体を襲うのであれば、完全に技を習得する前に、精神がボロボロになってしまいそうだ。
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