第227話 いつもどこに行ってるんだ?
初日こそ、一撃で気絶させられてしまったが、ヴィルガは俺の実力に合わせて、適度に加減をしてくれるので、極端に疲労が残ることもなく、連日、ベストコンディションで最高の指導を受けることができる。
なるべくなら、昼間も稽古をつけてもらいたいところだが、ヴィルガは毎日、朝、仏壇に線香をあげると、日中はずっとどこかに行っているので、そういうわけにもいかなかった。
……彼女は、いったい毎日、どこに行っているのだろう?
そんな疑問が湧いたのは、すっかり特殊な呼吸法にも慣れた、七日目の朝のことだった。
朝の9時。
たまたま、早めにランニングから戻ってきたイングリッドに、俺は尋ねた。
純粋な、好奇心だった。
「なあ、ヴィルガさんって、日中、いつもどこに行ってるんだ?」
「どこって……お師匠は『昼間は用事がある』と言ってたから、仕事か何かでもしているのではないか?」
このクソ暑いレグラックの町を、朝っぱらからどれだけ走ったのか、スポーツウェア姿のイングリッドは、汗だくの体をタオルで拭いながら答える。
「いや、だから、その『仕事か何か』が、なんなのか、気にならない?」
「特に気にはならん。私は人のプライベートには干渉しない主義だからな」
「武者修行では、人の都合を無視して挑みまくってたくせに……」
「それはそれ、これはこれだ」
「でも、あの人、どう見ても堅気じゃない連中とつるんでるし、よくないことに巻き込まれてないか、ちょっと調べてみた方がいいとか、思ったりしない?」
「よくないこと?」
「例えば、レグラックのギャングに、用心棒として雇われてたりとか……」
さして考えずに、パッと口から出た例えだったが、随分とイングリッドの関心を引いたようであり、彼女は顎に手をやって、やや険しい顔で「ふむむ……」と唸った。
「残念だが、否定できんな。お師匠ほどの使い手であれば、用心棒の誘いは、それこそ引く手あまただろう。私としても、お師匠ほどの武人が、先日のバーで見たようなチンピラたちとつるんでいるのは、あまり良いこととは思わん。……そうだな、少し、調べてみるか」
「プライベートには干渉しない主義じゃなかったっけ?」
「それはそれ、これはこれだ」
そう言うわけで、俺たちは、魔装コユリエのオーラ探知能力を使って、ヴィルガの足跡を追うことにした。
もちろん、アクセラレーションの呼吸法は、続けたままである。
レグラックの雑踏を歩きながら、イングリッドが問うてくる。
「その呼吸法、ずっと続けているが、効果のほどはどうだ? そろそろ現れてきたか?」
「それがさぁ、全然なんだよ。パンチやキックはもちろん、走る速さも、ジャンプのスピードも、これと言って変わった感じ、しないんだよな」
「まあ、その奇妙な呼吸を『だいたい一週間は続けないといけない』と、お師匠は言っていたのだろう? 今日で、その一週間目だ。段々と、効能が出てくるのかもしれん」
「だといいけどね。……あっ、そういやヴィルガさんは、『アクセラレーションは、一時的に使用者のスピードを高速化させる技』って言ってたな。もしかして、アクセラレーションの効果を発揮するには、何か、発動させるきっかけが必要なのかも」
「ふむ、あり得るな。だいたい、常に体が高速化していたら、日常生活に支障が出てしまう。恐らく、スイッチをオンオフするように、使用、不使用を切り替えられる技なのだろう」
「つまり、任意のタイミングでスピードアップできる技ってことか。早く使えるようになりたいもんだ。……あっ、いたぞ。ヴィルガさんだ」
話をしているうちに、俺とイングリッドは、ヴィルガを発見することができた。
俺はイングリッドを促し、そそくさと物陰に隠れる。
「何故隠れる必要があるんだ? お師匠に、何をしているか直接聞けばいいじゃないか」
「馬鹿。ヴィルガさんは、明らかに日中の用事について、はぐらかしてただろう? 素直に聞いても、また誤魔化されるよ。だから、こうして隠れて動向を見るんだよ」
「なるほどな。……少し、探偵みたいで面白くなってきたぞ」
「俺もだ」
ヴィルガは道端にて、屋台の主人と、何やら朗らかに話をしている。
やがて話が終わると、主人が大きめの焼き鳥を、一本ヴィルガに手渡した。
ヴィルガはニッコリ笑い、「おおきに」と言ってそれを受け取ると、一口、二口、頬張りながら、歩き始めた。
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