第224話 適正
俺の期待を感じ取ったのか、ヴィルガは一度咳払いして、言う。
「色々考えてみたんやけどな。あんたが一ヶ月で、ウチの顔面に一発いれられるくらいになるには、普通に訓練しとったらまず無理や。っちゅうわけで、ちょっと特殊な方法を使おうと思う」
「特殊な方法?」
「うん。……ただ、その方法は、誰にでもできることやないから、あんたに適性があるか、今から見せてもらうで」
「わかりました。それで、いったい何を見るんです?」
「うん。ちょっと、腕、出してくれるか」
「はい。こうですか?」
言われるがままに、俺は腕を突き出す。
ヴィルガも俺に向かって腕を伸ばすと、突然、彼女の爪が鋭く伸びた。
まるで五本のナイフだ。
「驚いたか? だいたいの獣人は、こんなふうに、爪の出し入れが自由なんや」
「は、はあ。それで、その、伸びた爪で、何するんですか?」
「うん。言いづらいんやけど、ちょっと、あんたの腕、切ってええか?」
「え゛っ!?」
腕を?
切る?
何故?
言葉以上に、俺の顔が『そんなの嫌です』とアピールしていたのだろう。
ヴィルガは困ったように笑う。
「切る言うても、ちょっとやて。ほんのちょ~っと切るだけ。そうせんと、適性を調べられんのよ。な? ええやろ? 痛いのは最初だけやから……」
なんか、最後の方はいやらしい頼み方になって嫌だったが、腕を切らないと適性が調べられないと言うなら、どうしようもない。俺は、覚悟を決めて頷いた。
次の瞬間、目にもとまらぬ速さで、ヴィルガの爪が俺の腕――その表面を走り抜ける。
恐るべき
凝視していなければ、切られたことに気づかぬほどの神速。
つぅっと赤い血が流れた後、痛みが、遅れてやってきた。
ヴィルガは、傷口をじっと観察している。
なんだ?
いったい、何を見ているのだろう?
二十秒程黙って、傷と、垂れ落ちる血を眺めた後、ヴィルガは懐から取り出した軟膏を、傷口に塗ってくれた。
「これでよし、と。表面をちょっと切っただけやから、すぐ傷はふさがるやろ」
「ありがとうございます。……あの、それで、俺に適性があるか、わかりましたか?」
俺の問いに、ヴィルガは右手の人差し指と親指をくっつけて、〇のようなサインを作った。
たぶんだが、大丈夫って意味なのだろう。
「あんた、獣人でもないくせに、丈夫な血管しとるな。これなら、レグラックにおるあいだ、みっちり特訓すれば、最低限実戦で使えるレベルの『アクセラレーション』が覚えられるわ」
「丈夫な血管って……俺の腕を切って、血管を見てたんですか?」
「せや。頑丈な血管でないと、今から教える『秘策』で、勢いが強くなった血の流れに耐えられず、破裂してまうからな」
血管が破裂って……どんな秘策だよ。
自分の体から血が噴き出すことを想像して一瞬青ざめたが、俺は不吉なイメージを振り払って、問い返す。
「今、『アクセラレーション』って、言ってましたよね。それが、『秘策』の名前なんですね」
ヴィルガはゆっくりと頷き、言葉を続ける。
「そういうこっちゃ。いや、『秘策』っちゅうより、『秘技』っちゅうた方が適切かな? ナナはどう思う?」
「どうって言われても、そもそも俺、その『アクセラレーション』がなんなのか分からないんで、聞かれても困りますよ……」
「それもそうやな。『アクセラレーション』っちゅうのは、分かりやすく言うと、特殊な呼吸法で血液の流れを一気に加速させてな、一時的に使用者のスピードを高速化させる技なんよ」
「血液の流れを一気に加速!? そんなことして、大丈夫なんですか!?」
「普通はあかんよ。さっきも言うたけど、ドババーッて流れる血の勢いに耐えられずに、血管がドカーンってなってまうから、あっという間にオダブツや。せやから、この技を使いこなせるのは、体の内側も外側も頑丈なウチら獣人か、あんたみたいに生まれついての強靭な血管の持ち主だけや」
「は、はぁ……なるほど」
「ふふ、あんた昨日、パンチするときに腕がびよーんって伸びたやろ? ああいう特異体質の持ち主は、だいたい血管が強いんよ。んで、今日実際に腕を切って調べてみて、やっぱりウチの予想通りやったっちゅうわけや」
「そ、そうなんですか。なんにせよ、俺に適性があって良かったです」
「せやな。ちなみに、血液の流れが速くなると、なんで体のスピードまで速くなるのか、その原理はウチにもよう分からん」
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