第214話 レグラック

 そんな俺の懸念を感じ取ったのか、イングリッドは自分の胸をどんと叩いて笑う。


「案ずるな。自分で言うのもなんだが、私は家柄が良いし、結果的に聖騎士も辞められなかったから、七聖剣としての身分も残っている。その私の同行者なのだから、あなたのテレポーター利用は認められるはずだ」


「そっか。とりあえず、身分証明に関してはクリアだな。でも、お金はどうするんだ? 俺も、少しなら持ってるけど……」


「それも、案ずるな。凶悪な賞金首、26人分の懸賞金がある。今の私は、ちょっとした富豪だ。テレポーターの利用代金は、私が払おう」


「いや、でも、さすがにそこまでしてもらうわけには……」


「遠慮は無用だ。私は、あなたの力になりたいのだ。……一ヶ月前、傷ついた私の心を慰めるために、あなたがしてくれたことは、本当にうれしかった。それを想えば、この程度、たいしたことではない。あなたに受けた恩を、返したいのだ。大丈夫、すべて私に任せてくれ」


 一ヶ月前のことなど、すでに忘れかけていたが、汚れたイングリッドを、簡易的な風呂を作って入浴させてやったことを言っているのだろうか。


 それこそ、たいしたことではないと思うが、イングリッドが恩を返したいと言うのなら、変に遠慮して固辞すると、逆に彼女の心を傷つけてしまうかもしれない。この女、雑に見えて、割と繊細な所もあるからな。


 ……何より、俺の手持ちだけでは、どう考えてもテレポーターとやらは利用できそうにないので、ここは素直に甘えておくことにした。


「何から何まで、すまないな。ほんと、こういうとき、頼もしいよ」

「ふふふ、もっと褒めてくれ」


 話しているうちに役所に到着した俺たちは、テレポーター利用の許可を取るために、受付で手続きをする。


 高貴な家柄で、身分もハッキリしているイングリッドのおかげで、俺自身はあまりくどくどと経歴を聞かれることもなく、聖騎士のおともをする冒険者ということで、比較的簡単に許可が下りた。


 続いて、役所に隣接した、大きな玉ねぎのような建物に入る。

 ここが、『テレポーター』らしい。


 薄暗い内部には、二人の魔術師と、淡く輝く大きな魔法陣、そして、巨大な世界地図があり、テレポーターの使用に慣れているイングリッドが、魔術師たちに目的地を伝え、それから俺たちは、先程より輝きを増した魔法陣の上に乗った。


 一瞬、意識が遠くなり、ハッと気がついた時には、俺とイングリッドは、明らかに今までとは違う場所にいた。大きな魔法陣と、二人の魔術師がいることは変わらないのだが、照明が非常に明るいし、先程までより広々とした空間である。


 何より、暑い。

 もの凄く、暑い。

 俺は、じんわりと滲んでくる額の汗を拭いながら、隣のイングリッドに話しかける。


「おい、なんか、すっごい暑くない?」

「暑くて当然だ。テレポートが成功し、私たちは今、スーリア地方よりさらに南の南の南の果てにある南国『レグラック』にいるのだからな」


 部屋の雰囲気が変わったので、テレポートがうまくいったのは分かるが、それでも、ほんの一瞬で、そんなに遠くまで来たということがにわかには信じられず、俺は外に出た。


 うぉっ。

 凄い日差しだ。

 時間的に、今は午後の4時くらいか。


 強烈な西日が肌をさすようであり、ほんの数分外にいるだけで、じりじりと日焼けしていくのが実感できる。


 眩しさに何度も瞬きしながら、俺はレグラックの町を一望する。

 東南アジアの繁華街を思わせるような、雑然としながらも、奇妙なパワーに溢れた景観だ。

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