第197話 珍妙で稀有な存在

「きみは、自分がどれだけ珍妙で稀有けうな存在か気がついていないんだね。……失礼かと思ったが、きみが初めてこの店を訪れた時、気づかれないように心に触れて、記憶を読ませてもらった。元々異世界の人間で、それが魔物に転生し、さらに魔物の特性を残したまま、再び人間の姿になった生き物なんて、私の知る限り、君が初めてだよ」


 うっ……そう言われれば、確かに俺って珍妙な存在だ。

 店主は、上機嫌な様子で話を続ける。


「おまけに、性別まで転換しているから、微妙な心理の変化まで楽しめる。まさしく、最高の観察対象だ。それに性格もいい。直情的で、少々ガラの悪いところもあるが、心の芯は優しく、他人のために自分が傷つくのもいとわない、思いやりのある精神の持ち主だ。いやはや、私は、すっかりきみのファンになってしまったよ」


「俺のことはもういいよ。それより、ジガルガのことを話せよ。あんた、話が脱線しすぎだ」


「すまないね。生来、喋り好きでね。ついつい無駄話をしてしまう。ジガルガをきみに渡したのは、ひとえに、好奇心からだ」


「好奇心だと?」


「きみは、まったく関係のない、あのレニエルという少年を助けるために、命を賭けただろう? そしてまた、レニエル君も、きみを助けるために魂を分けた。いやあ、非常に感動したよ。あれこそ生きたドラマ。筋書きのない物語というやつだ。それで、思ったんだよ。人類抹殺のために作られながらも、主人に見捨てられた人造魔獣をきみに預けたら、いったいどんなドラマが見られるかなと」


「まどろっこしい。下手な芝居なんかせずに、普通に言えよ。『このジガルガという子を預かってくれないか』ってよ」


「わかっていないな。使命を失い、主人にも見捨てられたという悲壮感が大事なんじゃないか。実際、『こいつはいらないからきみが面倒見てくれ』と言ってジガルガを渡したら、きみは今のように、素直にジガルガを受け入れたかな?」


 ……どうだろう。

 そう言われると、分からない。


 今でこそ、俺とジガルガは良い友人関係だが、会ったばっかりのときは、ジガルガの奴、ゼルベリオスとやらを呼んで、俺を攻撃しようとしたもんな。


 俺も、ジガルガ自身に、『おはらいでお前を除霊できないか』って、聞いちゃったし。


 俺の沈黙を、肯定と判断したのか、店主は話を再開する。


「何より、ジガルガの方が、素直に君と生きることを受け入れはしなかったろう。最強の人造魔獣としてのプライドがあるだろうからね。……きみたちは私の想像をはるかに超えたドラマを見せてくれた。人類を皆殺しにするために作られたジガルガが、きみと心を通わせ、親友のように楽しく語り合う姿は、私の心を大きく揺さぶったよ。特に、きみがジガルガに初めて食事の喜びを教えてやったときなんか、数百年ぶりに、涙すら流してしまった」


「あんたを喜ばすためにやったんじゃねーけどな。……まあ、あんたが俺をストーカーしてる理由も、ジガルガを預けた理由も、一応、分かったよ」


「理解してくれて嬉しいよ。私はきみのファンとして、こっそりきみの生きざまを見られればそれでよかったのだが、こうして接触してしまった以上、良好な関係を築きたいからね」


「ストーカーと良好な関係を築けるとは思えねーけどな。実際、今でも俺はあんたを殴りたくて仕方がない」


「そうかな? こうして話しているうちに、きみも段々落ち着いてきたようだし、条件次第では、きみも私を許してくれると思うけどね」


「条件? 条件って、なんだ?」


「たとえば……そうだね。ジガルガに、新しい体を作ってやるとか、どうかな?」

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