第172話 人それぞれの想い

「しかし、『あまり長い手紙を出してはいけないしきたり』ってのは、どういうことなのかな?」


 そんな俺の疑問に、ジガルガが答える。


「死者の魂を慰める旅の最中に、慰霊者が生者せいじゃにばかり想いと関心を寄せていては、死者としてはおもしろくなかろう。古式ゆかしい慰霊の作法にのっとるなら、一度として手紙を送るべきではない。それでも、あの小童は、ぬしに心配をかけぬよう、旅が滞りなく進んでいることを報告したかったのだろうな」

「ふーん、なるほどねぇ。さてさて、こっちの手紙には、なんて書いてあるかな」


 イングリッドの手紙を開封すると、中には小さな紙切れと、二枚の写真が入っていた。

 紙切れには、相変わらずの達筆でこう書いてある。


『賞金首狩りは順調です。素敵な写真が撮れたので、記念に贈ります』


 一枚目の写真を見る。

 いかにも強くて悪そうな男が、こちらに向かって睨みを飛ばしている場面だった。


 二枚目の写真を見る。

 さっきの強くて悪そうな男が、青ざめた表情でピースサインをしている。


 何この写真……意図が読めなくて怖い……

 俺の肩に腰かけたジガルガが、パタパタと足を揺らしながら、口を開く。


「ふむ。この男、相当な金額の賞金首だな。倒すにはかなりの力量が必要なはずだ」


「確かに強そうな野郎だ。一枚目の写真は、いきなり撮影されて『何撮ってんだよコラ』って怒鳴ってる感じだな」


「うむ。二枚目の写真は、よく見ると、男がいくつか手傷を負っているな。……ふむ、だいたいわかった。恐らくだが、あの女騎士は、少しだけ戦い、圧倒的な実力差を見せつけて、男の戦意をくじき、降参させたのだろう。それで記念に、降参した証の写真を撮り、ぬしに送ってきたのではないか?」


「そんなもん送ってくんなよ!? なんの記念だよ!? 青ざめた賞金首の写真なんていらねーよ!」


「そう言うな。あの女、自分の功績を見せて、ぬしに褒めてもらいたいのだろう。猫が仕留めたネズミを飼い主に見せに来るのと同じようなものだ。ふふっ、それにしても……」


 緩んだ口元を手で隠しながら、ジガルガはクスクスと笑い続ける。


 彼女がこんなふうに、子供のような笑みを浮かべるのはめずらしい。

 いつもクールだからな。

 ひとしきり笑った後、ジガルガは言葉を続けた。


「人というのは、それぞれ色々な想いを持って生きているのだな」

「そんなのあたりまえじゃん。笑うほど面白いことか?」

「面白いさ。人類を滅ぼすために作られた我にとって、抹殺対象の人間たちが、こんなふうに、色々なことを考え、色々な過去を背負い、色々な現在を生き、色々な未来を目指しているなど、考えたこともなかった。人間とは、大変興味深く、面白い生き物だ」


 そういやそうだった。

 こいつ、人類抹殺のために作られた、最強の人造魔獣だったな。


 初めて出会ったとき、恨めしげに『人類滅ぼしたい』って呻いてたっけ。

 俺は少し思案して、問う。


「なあ、今でもチャンスさえあれば、人類を滅ぼしたいとか、思ったりする?」


 ジガルガは少しも悩まず、首を左右に振った。


「そんな気は毛頭ない。そもそもそれは、我自身の願いではなく、我の心に刻まれた、創造主様の願いだからな。創造主様が亡くなられ、その子孫に不要とされた今、我にとって人類を滅ぼす理由は皆無だ」

「そっか。良かった」


 そうだろうとは思っていたが、一応ホッとして、俺は息を吐く。


「良かった……か。それは我の台詞だ。人造魔獣として、こういうことを言ってはいけないのかもしれないが、創造主様の子孫が、我を捨ててくれて、今では本当に良かったと思っているよ。こうしてぬしと友達になることができたからね。おかげで、唐揚げの美味さを知ることもできた。どんな状況になっても、捨て鉢にならずに生きてみるものだな」


 そう言って微笑むジガルガを見ていると、俺も自然と笑顔になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る