第160話 最終テスト
ジム通いを始めてから、
……いや、本当に二週間なのだろうか。
疲労でぶっ倒れるたびに、超強力な回復魔法で無理やり全快させられ、段々と意識が混濁してくるので、もう一年は修行しているような気もするし、まだ数日しか経ってないような気もする。
まあ、カレンダーを見ると、一応俺の筆跡で、その日にやったトレーニング内容が記述してあった(自分では書き込んだ記憶が全くないのが地味に怖い)ので、二週間ジムに通ったのは間違いないのだろう。
毎日、朝七時から夜の十時まで、一日15時間、休みなしの超スパルタトレーニングの成果は絶大で、俺の体力・筋力は飛躍的に向上し、打撃技を中心に、絞め技、投げ技、防御方法などの、基本的な格闘技術はほぼすべてマスターすることができた。
そして明日、格闘士養成コースの最終段階として、俺は素手で凶悪な盗賊どもを退治してこなければならない。
討伐対象の名前は確か、この辺り一帯で幅を利かせている盗賊チーム、『ブロップ一家』だ。
ジムのオーナーである、あのゲイン爺さんの教えで、格闘士志望の人間には必ず、その時その時で、それなりに悪名の高い犯罪集団を倒してこさせるのだそうだ。
なんでも、あの爺さんには『武器を持った犯罪者ごときを、素手で制圧できないような格闘術など、何の意味もない』という、強い信念があるらしい。
……言っていることはまあ、正論なのかもしれないが、かなり危険であることも間違いない。
監督者のようなものが見守ってくれることもなく、過去には、悪党どもに返り討ちにあった訓練生もいるという。
まっ、俺なら最悪の場合は魔法を使うか、走って逃げればいいし、そんなに心配しちゃいないけどね。
ただ、悪党どもを倒すことに失敗した場合は、修行が足りなかったということで、補習としてさらに二週間、地獄の訓練をさせられるそうなので、それだけは勘弁願いたい。
というわけで、夕刻。
俺は明日に備え、トレーニングを早めに切り上げると、一人で町はずれの広場に向かい、軽く汗をかく程度に動き、これまでに習ったすべての戦闘技術を、一つ一つ確認していた。
何故ジムでやらないのかと言うと、ジムだとトレーナーや周りの人たちの熱気に後押しされて、段々テンションが上がってきて、結局クタクタになるまで体を動かしてしまいそうだからだ。
体の疲労は、例の超強力回復魔法で全快させてもらえるが、精神的な疲弊はそうもいかないので、今日くらいは、ゆっくり自然に、心と体を休ませたかった。
「ふぅっ、こんなもんかな」
すべての動きの確認を終え、俺は小さく息を吐く。
比較的激しい動作を、休みなしに延々とこなしたというのに、それほど呼吸が乱れていない。
我ながら、随分と体力がついたものだ。
不意に、拍手が聞こえてくる。
なんだ、誰もいないと思っていたが、子供でも、見物していたのだろうか。
自分でも、なかなかの身のこなしだったと思うが、人に見られていたと思うと、急に気恥ずかしくなる。
だが、拍手をしているということは、俺の動きについて称賛してくれているのだから、あまり恥じらう必要もないだろう。俺は、拍手の飛んでくる方向に目をやり、軽く微笑んで、会釈をした。
小さく下げた頭を、元に戻そうとしたとき、ゾクリという戦慄が背筋に走る。
今更になって、拍手をしていた人物が、知っている相手だったことに気がついたからだ。
それも、好ましい相手ではない。
俺は、即座に警戒態勢を取り、石つぶてをぶつけるように、彼女の名前を口に出した。
「アーニャ……!」
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