第159話 でこぼこのおにぎり
そこまで言って、イングリッドは喋るのをやめた。
俺も、何も言わなかった。
そして入浴も終わり、パジャマに着替えると、イングリッドはすぅっと眠りの世界に落ちて行った。
寝ている場所は俺のベッド。
というより、俺の隣である。
いつもならイングリッドは、俺とレニエルのベッドの間に作った、即席の簡易ベッドで寝ているのだが、今日は枕を
まあ、いつぞやのように迫ってくることもなく、子供のように素直に寝ているので、別に困ることもないのだが。
ちらりと、イングリッドの寝顔を見る。
小さく口を開け、静かに寝息を立てるその姿は、起きている時より、ずっと幼い印象だ。
ええっと、ベルサミラとやらが15歳で、イングリッドは妹より5歳年上なのだから、20歳か。
20歳にもなって、寂しいから一緒に寝たいというのは、かなりの甘えん坊な気がするが、愛されていた父親に見放され、可愛がっていた妹にも疎まれ、そして、騎士団では浮いた存在だったというイングリッドは、愛情に飢えているのかもしれない。
仕方ないな。
しょっちゅうだと困るが、たまにはこうして、一緒に寝てやるか。
さて、レニエルの奴はどうしてるかな。
あいつは早寝早起きだから、もう寝てるか。
ふぁ~あ……イングリッドが帰ってきたから、俺も安心したし、また眠たくなってきた……
明日、またジムに行かなきゃな……
寝よ寝よ……
・
・
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翌日、俺が目を覚ますと、イングリッドはもういなかった。
テーブルに、相変わらず凄い達筆の書き置きと、いびつな形のおにぎりがある。
書き置きには、こう
『昨日はありがとう。感情が昂り、随分と情けない姿を見せてしまった。恥ずかしくて、しばらくあなたの顔を正面から見られそうにない。一ヶ月ほど、趣味の賞金首狩りをしてくる。この辺りには、札付きの悪党がそれなりにいるから、かなりの懸賞金を得ることができて、生活費の足しになるだろう。……追伸、不格好だが、朝食を用意しておいた。食べてもらえると嬉しい』
賞金首狩りが趣味っておかしいだろ……と思ったが、あいつの行動は基本的に全部おかしいので、趣味だけまともだったら逆に変か。
レニエルもイングリッドもいない今、俺一人でギルドの依頼を受けるつもりはないし、当分収入がなくなるわけだから、懸賞金が生活費の足しになることは間違いない。
まあ、懸賞金を頼りにしなくても、一応、しばらく暮らしていけるくらいの
それにしても、昨日、盗人と勘違いしてイングリッドに魔法を放った時、全然効かなくてビビったことで、俺はますます、自分の弱さを痛感した。
……もっと、強くなりたい。
まあ、レニエルが正式な第二王子としてリモールに戻る以上、彼はもう冒険者を続ける気はないだろうし(たとえあったとしても、王子様が冒険者をやるわけにはいかないだろう)、レニエルに付き合って冒険者を始めた俺も、これ以上強くなる必要はないのかもしれないが、それでも、鍛えて損はないはずだ。
何も世界最強を目指すわけではない。降りかかる火の粉を払う力が欲しいだけだ。
どうにも、俺はトラブルに巻き込まれやすい体質らしいからな。
あのピジャンのような強敵を、自分一人の力で倒せるくらいには強くなりたいものだ。
「よっしゃ、宿にいても一人ぼっちで寂しいし、今日は朝から夜まで、みっちりジムで鍛えるぞ!」
決意を込め、イングリッドが握ったのであろう、でこぼこのおにぎりを頬張る。
おっ。
良い具合に塩がきいてる。
見た目よりずっと美味しい。
あいつ、ちゃんと勉強したら、案外料理上手になったりしてな。
そんなことを考えながら身支度を済ませ、俺はジムに向かった。
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